74話「誕生日」
給湯室。
陽菜がカップを洗いながら、ふと思い出したように言った。
『そういえば、今週末は美園さんの誕生日だったっけ』
樹里が手を止める。
『……よく覚えてるな』
『だって、毎年だいたい同じ頃だもん。今年も店、開いてるのかな』
『開くだろ。本人、そういうの気にしないし』
陽菜は「まあね」と笑い、樹里は短く息を吐いた。
そのやり取りを、入り口付近で佐藤が聞いていた。
(……美園さんの、誕生日)
彼は何も言わず、給湯室を出た。
すでに頭の中では、名簿を作っていた。
その日の午後。
佐藤は一人ひとり、水面下で声をかけた。
まず神谷。
「美園さんの誕生日、今週末らしいです。店に行って祝いませんか」
神谷はすぐにうなずいた。
「いいね。ぜひお祝いしよう」
中井にも、陽菜経由ではなく直接。
「中井くんも、どうです」
「行きます! 陽菜さんも多分行きますよね」
凛と柚希、彩花にも順に声をかけ、零にはメッセージで伝えた。
『自分も行きますっす』
最後に、少し迷ってから部長にも話した。
黒澤部長は腕を組んだ。
「美園さんか。いいじゃないか。俺も顔を出すわ。昔の話、聞いてもらえるしな」
佐藤は「武勇伝は控えめに」と心の中で思いつつ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
終業後、佐藤は一人でスマホを見ながら息を吐いた。
旅行メンバーと部長。
揃えば、店はそれなりに賑やかになる。
(……美園さん、喜ぶかな)
喜ぶかどうかはわからない。
でも、何もしないよりはいい。
佐藤はそう決めて、週末の予約メッセージを美園に送った。
『今週末、何人かで伺ってもいいですか』
返信は、あっさりだった。
『いいよ。いつものように来て』
佐藤は画面を見たまま、小さく拳を握った。
誕生日の夜が、静かに近づいてくる。




