7話「本番」
ボウリング場は、社内イベントにしては妙に緊張感があった。
正確には、営業部の二人が放つ気合が異質だったせいで、周囲が緊張していた。
樹里は腕を組み、陽菜はレーンを睨むように見ている。
他のメンバーは、すでに「今日の二人、なんか怖い」と気づき始めていた。
製造部のレーンでは、益川慎太郎が落ち着いた顔でボールを選んでいた。
昨日の練習の影響か、少しだけ肩の力が入っているように見える。
試合が始まった。
樹里と陽菜のフォームは、明らかに普通じゃなかった。
必要以上に腰を落とし、助走から力みすぎている。
ガターが続き、スコアは悲惨だった。
実のところ、二人ともボウリング自体は初めてだった。
ボウリング場を縄張りにしている相手チームのところへ乗り込んで喧嘩した経験はある。
だが、ボールを投げたこと自体は、一度もなかった。
それでも二人は真剣だった。
『次、スペアを取れ』
『わかってる』
一方で、他のメンバーが着実に点数を稼いでいく。
凛が安定した投球を見せ、滝本が「俺に任せろ!」と調子に乗りながらストライクを出し、
彩花が意外と上手く、柚希が「え、私当たった!」と喜び、部長が「俺も昔は結構やった方でな!」と的外れな励ましを入れていた。
中盤、益川が陽菜の近くを通りかかったときだった。
「あれ? 昨日……」
益川が言いかけた瞬間、陽菜が顔を上げた。
その目は、笑っていなかった。
益川の言葉が、喉の奥で止まる。
陽菜は何も言わず、ただ静かに彼を見ていた。
それだけで、十分だった。
益川は小さく咳をして、そのまま自分のレーンに戻っていった。
樹里が陽菜の横に来て、低く聞く。
『何か言われたか』
『言わせなかった』
『でかした』
結局、営業部が辛くも勝利した。
樹里と陽菜のスコアはひどいものだったが、他のメンバーの活躍で逆転した形だった。
夜。
スナック【Rose】。
美園がカウンター越しに二人を見て、呆れたように息を吐いた。
『で、勝ったの?』
『ああ』
樹里が短く答え、陽菜が続ける。
『凛ちゃんたちのが上手かった。あたしたちは……まあ、初めてだったし』
『初めてで、偵察までして、果たし状まで書いて、妨害工作までしたわけ?』
美園がそう言うと、陽菜は少しだけ視線を逸らした。
『……勝ちたかったし』
『あんたたち、本当にすぐそれだよね』
美園は笑いながら、グラスを二つ並べた。
『まあ、揃って馬鹿やってる分には、悪くないけどね』
樹里は何も言わずにグラスを受け取り、陽菜は少し照れ臭そうに笑った。




