69話「相談と違和感」
京都から戻って数日後。
神谷は一人で【Rose】のドアを開けた。
常連の顔を見た美園が、軽く会釈をする。
『珍しいね。一人?』
「はい。今日は、相談があって……」
神谷はカウンターに座り、水を受け取ってから、覚悟を決めたように口を開いた。
「日高先輩のことが、前よりずっと気になってます。
京都で、酔った先輩の顔を近くで見てから、余計に……」
美園はグラスを拭く手を止めず、静かに聞いている。
「近づいていい人じゃないって、わかってるんです。
でも、気持ちが大きくなってるのが、自分でもわかる」
美園は短く息を吐いた。
『否定はしないよ。好きになったなら、それはそれ』
神谷が顔を上げる。
『でも、まだ何も始まってないでしょ。
連絡先も聞いてないみたいだし』
「……はい」
『まずはそこから。会社の先輩としてじゃなく、一人の人として繋がるつもりがあるなら、そこを曖昧にするな。
急かす必要はない。でも、何もしないまま悩むのは、ただの時間の無駄』
神谷は真剣な顔でうなずいた。
「……連絡先、聞いてみます」
『聞いてみな。断られるかもしれないし、普通に渡されるかもしれない。
どっちにしても、今よりは進む』
神谷は深く頭を下げ、その夜は短時間で店を出た。
美園は一人、小さく呟いた。
『……樹里も、そろそろ自覚した方がいいけどね』
一方、社内。
凛は、三人の様子を改めて見ていた。
樹里と陽菜の距離感。
美園を含めた三人の、言葉にしない連携。
旅行中に感じた、普通の会社の先輩後輩とは違う空気。
(……やっぱり、何かがある)
昼休み、柚希と零と三人でランチに行ったとき、凛は少しだけ口にした。
「日高先輩たちって、ただの同僚以上の感じがしません? 美園さんも含めて」
零が箸を止める。
『……まあ、昔からの知り合いっすからね』
柚希が「そうなの?」と目を丸くし、凛は「そう、なんですね」とそれ以上は聞かなかった。
違和感は、消えていない。
ただ、今はまだ、胸の奥にしまっておくことにした。




