68話「夏の終わり」
朝の食堂は、それぞれの顔で埋まっていた。
美園と彩花は、なぜか昨夜より距離が近い。
席も隣で、会話のテンポも自然だった。
「昨日は、いろいろ話せてよかったです」
彩花が言うと、美園は「たまにはいいよね」と笑った。
一方、中井は目がうつろで、明らかに上の空だった。
箸も止まっている。
美園が気づいて声をかける。
『中井くん、どうしたの? 陽菜にひどいことでも言われた?』
中井は顔を上げ、含みのある声で答えた。
「いや……そういうのではなくて……」
そう言って、陽菜の方を見る。
陽菜は平然と、みんなに聞こえる声で言った。
『昨日、三回もエッチしたら、こうなっちゃった』
食堂が、一瞬で凍る。
中井が「陽菜さん=======!!!」と声を裏返し、凛が顔を真っ赤にして視線を床に釘付けにする。
柚希が「えっ」と固まり、零が「……すごいっすね」と的外れな感想を漏らし、彩花が吹き出しそうになって口を押さえる。
樹里は額に手を当てた。
『……声、大きい』
『事実だよ』
『事実だとしても、朝から言うな』
神谷はというと、樹里をまともに見られていなかった。
昨夜、肩に頭を預けられた感触が残っているらしく、目が合うたびに視線を逸らしている。
佐藤は美園の反応ばかり気にしていて、今回の騒動には半ば置いてけぼりだった。
その横で、零・柚希・凛の三人はスマホを見ながら話している。
「じゃあ、来週のランチ、この店で」
「いいですね」
『自分、空いてるっす』
三人は連絡先を交換し終え、すでに次の約束を作っていた。
陽菜がそれを見て、満足そうにうなずく。
『仲良し増えたね』
食事が終わる頃、柚希が席を少し立ち上がって、全員に頭を下げた。
「……この旅行、連れてきてくれて、ありがとうございました。
正直、最初は元気を出せるか自信がなかったんです。
でも、みんなと歩いたり、話したりしてるうちに、自然と楽しくなって。
夏の思い出、できました」
短く、でもはっきりした声だった。
陽菜が手を振る。
『それでいいよ。柚希ちゃんが笑えてれば、成功』
樹里も短く言った。
『無理しなくていい。また、いつでも』
美園が「また店にも来な」と付け加え、零が「次は東京でっすね」と続き、凛が「また三人で」と微笑む。
柚希は目を少し赤くしながらも、ちゃんと笑っていた。
帰りの新幹線で、陽菜が窓の外を見ながら呟いた。
『……いい夏だったな』
樹里は目を閉じたまま、短く答えた。
『ああ』
京都の夏は、それぞれの形で、胸に残った。




