67話「初夜」
部屋に戻った中井は、ドアを閉めた瞬間から固くなっていた。
二人部屋。
陽菜と、夜の二人きり。
陽菜は荷物を置くと、少し赤い顔で帯をゆるめた。
居酒屋で飲んだ酒が、まだ残っているらしい。
『中井くん、そんな壁際に立ってないで、座れば?』
「は、はい……!」
中井はベッドの端に座り、膝の上で手を組む。
心跳が、自分でもわかるほど早い。
陽菜は彼の様子を見て、小さく笑った。
『緊張しすぎ。今日は、無理しなくていいよ』
「む、無理とか……その……」
『したいんでしょ。顔に書いてある』
中井の顔が、一気に赤くなる。
「……したいです。でも、陽菜さんが嫌なら……」
『嫌じゃないよ。ちょっと酔ってるし、今日はいいかなって』
陽菜は彼の隣に座り、肩に軽く触れた。
『初めてなんでしょ』
「……はい」
『じゃあ、ゆっくりでいい。私がついてるから』
中井はうなずくことしかできなかった。
最初は、ぎこちなかった。
中井の手は震え、息も浅い。
陽菜は急かさず、相手の反応を見ながら合わせた。
酔っているせいか、陽菜の声もいつもより少しだけ柔らかい。
『力、入りすぎ。もう少しだけ、私に預けて』
「はい……」
徐々に、中井の動きが自分のものになっていく。
戸惑いと、初めて知る感覚が混ざって、彼は何度も陽菜の名前を呼んだ。
陽菜は彼の頭に手を置きながら、静かに言った。
『……ちゃんと、ここにいて』
「います。どこにも行きません」
それが、中井の精一杯の答えだった。
事後。
中井は天井を見ながら、まだ現実感がない顔をしていた。
陽菜は横向きになって、彼の髪を適当に触っている。
酒のせいもあって、いつもより眠そうな目をしていた。
『どう?』
「……死ぬかと思いました。でも、死んでません」
『そりゃそうだよ』
中井が恐る恐る聞く。
「僕、ちゃんと……できてましたか」
陽菜は少し考えてから、笑った。
『初めてにしちゃ、及第点。次はもう少し力抜こうね』
「次……あるんですか」
『あるよ。付き合ってるでしょ』
中井は顔を赤くしたまま、小さくうなずいた。
部屋の外では、まだ夏の夜が続いていた。
中井にとっては、それが一生忘れられない夜になった。
陽菜にとっては、少し酔った勢いもあった、それでも「彼女らしいこと」をした夜だった。




