66話「泥酔」
夜の食事は、宿の近くの居酒屋で取った。
長いテーブルに全員が並び、料理と酒が次々と運ばれてくる。
陽菜が「今日は楽しむ日」と宣言したせいで、最初から空気は緩かった。
零、柚希、凛は午後の続きのように会話を弾ませ、
佐藤は美園に酒を注ぎ、美園は「ありがとう」と受けて軽く杯を合わせる。
中井は陽菜の隣で終始上機嫌だった。
樹里は最初、控えめに酒を飲んでいた。
だが、誰かが注ぎ、また誰かが注ぐうちに、杯の回数が多くなる。
陽菜が「総長、今日くらいはいいだろ」と小声で言ったのが、まずかった。
二時間後。
樹里の目が、明らかに泳いでいた。
『……今日は、暑いな』
『外、夜だよ』
陽菜が突っ込むが、樹里は真剣な顔でグラスを見つめていた。
『会社の書類、あと三枚残ってる。帰ったらやる』
『京都にいるよ』
『そうか』
周囲が笑い始める。
普段の冷静な樹里からは想像できない、ろれつの回らない話し方と、微妙にずれた返答。
神谷が心配そうに近づく。
「日高先輩、大丈夫ですか。水、飲みますか」
『神谷さんか。仕事、ちゃんとしてるな。えらい』
「え、あ、はい……」
樹里は満足そうにうなずくと、そのまま神谷の肩に頭を預けた。
神谷が固まる。
「ひ、日高先輩……?」
『少し、休む』
完全に眠る気配だった。
陽菜が遠目に見て、美園に囁く。
『……来た。泥酔コース』
『珍しくない? あそこまで崩れるの』
『今日は気を許してるんだでしょ。旅行だし』
結局、樹里は美園と彩花に両脇を支えられ、部屋まで運ばれた。
ベッドに横になると、ほぼ即、寝息を立て始めた。
部屋に残されたのは、美園と彩花。
彩花が、寝ている樹里を見ながら小さく言う。
「……日高先輩でも、こうなるんですね」
『たまにはね』
美園は窓の外を見ながら、続けた。
『昔はやんちゃして、暴れて、色々やったけど。
根っこはずっと変わらない。良いやつだよ、あの二人は』
彩花は少しだけ目を細めた。
「……そう、なんですね」
『今は会社の人に見えるでしょ。でも、本質は同じ。
守るものは守るし、放っておけない性格も、昔のまま』
彩花は寝ている樹里を見直し、静かにうなずいた。
『詳しくは、本人たちから聞いて。私はもう、終わった話としてしか持ってないから』
隣のベッドで、樹里は何も知らずに眠っていた。
一方、廊下では、神谷が樹里を部屋に運ぶのを手伝ったあと、一人で長く息を吐いていた。
「……酔うと、あんな顔するんですね」
誰に言うでもなく、小さく呟いた。
夏の夜は、まだまだ続きそうだった。




