62話「けじめ」
田村に本命の彼女がいることがわかったのは、それから数日後だった。
柚希が彼のスマホのロック画面に、見知らぬ女性との写真を見つけてしまった。
問い詰めると、田村は「一応、そういう人がいる」とあっさり認めた。
柚希は何も言えなくなった。
その夜、樹里と陽菜は柚希を連れて、田村と話をする場を設けた。
場所は会社近くの、人通りの少ない公園。
田村は最初こそ「柚希ちゃんが勝手に期待したんだろ」と逃げの姿勢を見せたが、樹里の静かな目と、陽菜の笑っていない顔を見て、徐々に言葉を失った。
樹里が短く言った。
『これ以上、柚希さんに近づかないでください。連絡もしないでください。
いいですね』
陽菜が続ける。
『好きでもないのに、好きって言って、都合のいいときだけ会う。
それ、一番ひどいやり方だよ』
田村は何か言い返そうとしたが、二人の空気に押されて、結局うなずくしかなかった。
『……わかりました。もう、連絡しません』
それだけで、終わった。
暴力は使わない。
ただ、二度と柚希の前に現れないことを、はっきりと約束させた。
その足で、三人は【Rose】に向かった。
美園は柚希の顔色を一目で察して、静かに席を勧めた。
『今日は、好きにしていいよ』
カウンターに座った柚希は、最初こそ頑張っていた。
「大丈夫です」「もう整理ついてます」と、無理やり笑顔を作ろうとする。
だが、陽菜が隣で「無理しなくていい」と小さく言った瞬間、堰が崩れた。
柚希は顔を手で覆い、肩を震わせて大泣きした。
「……好きだって、言ってくれたのに……。
私だけが、本気だったみたいで……悔しくて……」
陽菜は何も言わず、柚希の背中をゆっくりとさすった。
頭を抱えるようにして泣く柚希の肩に、自分の肩を寄せて支える。
『泣いていいよ。今日は、それでいい』
柚希は陽菜の肩に顔を埋めて、声を上げて泣いた。
しばらく、その声だけが店内に落ちていた。
樹里は少し離れた席で、黙ってその様子を見ている。
口は出さない。ただ、二人が落ち着くまで、静かに酒を傾けるだけだった。
美園もカウンター越しに二人を見守りながら、柚希のグラスに水を足した。
余計なことは言わない。必要なときだけ、ハンカチを差し出す。
泣き疲れた頃、柚希は顔を上げ、真っ赤な目で小さく頭を下げた。
「……すみません。变なところ、見せて」
陽菜は首を横に振った。
『変じゃない。ちゃんと泣けて、よかった』
樹里が短く言う。
『次は、もう少し自分を大事にしてください』
美園も静かに付け加えた。
『傷はすぐには消えないよ。でも、一人で抱えるよりはいい』
柚希は何度もうなずき、今夜は女だけのカウンターで、ゆっくりと息を整えた。
大きな解決ではなかった。
それでも、柚希の表情は、朝より少しだけ楽になっていた。




