58話「デート」
休日。
陽菜と中井の初デートは、買い物の予定だった。
服を見たり、雑貨を見たり、軽い話をしながら街を歩く。
中井は終始緊張していて、陽菜が「もう少し力抜けば?」と言っても、うまく力が抜けない。
午後になって、空が一気に暗くなった。
大雨だった。
『……これは、無理だね』
陽菜が空を見て言う。
近くに喫茶店もなく、雨宿りできる場所も限られている。
中井が慌てて提案した。
「あ、あの……よかったら、僕の家が近いので……! 雨が止むまででいいので……!」
陽菜は少し考えてから、うなずいた。
『いいよ。濡れちゃうのも嫌だし』
中井の部屋は、一人暮らしの男の子らしい簡素なものだった。
中井は「座ってください!」と慌てて飲み物を出し、自分はソファの端に固く座っている。
家で二人きり、という事実に、緊張が限界まで達していた。
陽菜はそれを見て、呆れたように笑った。
『今、エッチなこと考えてるよね? まだダメだよ?』
中井が顔を真っ赤にして、全力で否定する。
「し、してません!! 何も考えてません! 本当に何も……!」
言葉ではそう言いながら、肩を落としている。
陽菜はしばらく彼を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
『……おいで』
「え?」
『おいで。膝、貸してあげる』
中井は恐る恐る近づき、陽菜の膝に頭を乗せた。
陽菜は特に何もせず、軽く彼の髪に触れるだけだった。
『緊張しすぎ。今日は、これでいいよ』
「……はい」
中井は顔を赤くしたまま、目を閉じた。
外はまだ大雨だった。
部屋の中は、妙に静かで、温かかった。
結局、その日はそれ以上何も起きなかった。
翌日の給湯室。
樹里、凛、柚希、彩花がいるところに、陽菜が報告した。
『昨日、中井くんとデートしたよ。大雨で彼の家に入って、膝枕して終わった』
一瞬の沈黙。
柚希が「は?」という顔をし、凛が「それだけ……ですか?」と聞き、彩花が吹き出しそうになる。
樹里は額に手を当てた。
『……お前は本当に』
『何? いいデートだったよ』
『それがいいデートなのか』
『中井くん、喜んでたし』
実際、中井は今朝も妙に上機嫌だった。
給湯室に、また奇妙な空気が流れた。




