57話「一目惚れ」
佐藤健が【Rose】に初めて来たのは、陽菜に誘われてのことだった。
「佐藤くん、今度いい店連れてってあげる。落ち着くし、ママもいい人だよ」
半信半疑でついて行った佐藤は、カウンターに座った瞬間、言葉を失った。
黒いドレスに、落ち着いた仕草。
客に対して丁寧で、距離感のある笑顔。
美園が水の入ったグラスを置いて、軽く会釈をする。
『いらっしゃい。陽菜の連れ?』
「あ、はい……佐藤です」
声が、少し上ずった。
陽菜が「うちの会社の人」と紹介し、美園は「そう」とだけ返して次の客対応に移る。
佐藤はその横顔を、ほぼ見入るように観察していた。
(……綺麗、というより、なんか違う。落ち着いてるのに、圧がある)
酒が進むにつれて、佐藤の視線はほとんど美園から離れなくなった。
陽菜はそれを横目で見て、内心で苦笑いしていた。
(……この人、完全に落ちてる)
会計のとき、美園が「また来てね」と普通に言っただけで、佐藤の顔が赤くなった。
帰り際、陽菜が面白そうに聞く。
『どう? いい店でしょ』
「……はい。また、来ます」
その返事は、店の雰囲気への評価ではなかった。
翌日。
佐藤は仕事中も、時々ぼーっとしていた。
陽菜が樹里の隣で、小声で報告する。
『昨日連れてった佐藤くん、完全に美園さんに一目惚れしてた』
樹里が短く息を吐く。
『……また、面倒なのが』
『美園さん、気づいてるかな』
樹里は答えなかった。
ただ、すでに次に【Rose】へ行くとき、佐藤がまた来ることを予感していた。




