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56話「履歴」

樹里が帰宅してから、仕事場に忘れ物をしたことに気づいたのは、夜の九時過ぎだった。

仕方なく会社に戻る。

フロアの明かりはほとんど落ちていて、営業部のあたりだけが薄暗く灯っていた。

中井が、自分のデスクに突っ伏して寝ていた。

残業の末に、そのまま眠ってしまったらしい。

モニターはまだついている。

樹里は忘れ物を回収しようとして、ふと画面に目を止めた。

検索履歴が、開かれたままだった。

『歳上 彼女 デート』

『歳上 彼女 初めて エッチ』

『彼女 初めて リード』

『年上彼女 何をする』

『告白成功後 初デート』

樹里の目が、細くなる。

その気配で、中井がむくりと顔を上げた。

「……あ、日高先輩……? どうして……」

次の瞬間、中井の視線がモニターに行き、血の気が引く。

「ひっ……!?」

大慌てで画面を閉じようとするが、すでに見られている。

樹里はニヤリと笑った。

『……準備万端だな』

「ち、違うんです!! これはその……! 勉強というか……! 知識として……!!」

『歳上彼女の、初めてのエッチまで調べてるのか』

「見ないでください!! お願いです!!」

中井は顔を真っ赤にして、頭を抱え込んだ。

樹里は忘れ物の封筒を手に取ると、短く息を吐いた。

『真面目に調べてるのは、悪いことじゃない。

相手を大切に思ってる証拠だと思う』

中井が、恐る恐る顔を上げる。

「え……」

『ただし、相手のペースを優先すること。

櫻井さんは、お前が思っている以上に自由な人だから。

焦らず、丁寧にやれ』

「は、はい……! ありがとうございます……!」

樹里はそれだけ言って、踵を返した。

後ろで、中井が「日高先輩、意外と優しい……」と小さく呟いているのが聞こえた。

樹里は廊下に出てから、小さく息を吐いた。

(……本当に、面倒なことになったな)

表向きは応援しつつ、内心ではまだ半信半疑だった。

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