5話「排気量」
入社して三週間が経った頃だった。
休憩時間、給湯室で遠藤凛がぽつりと口を開いた。
「通勤、少し不便で。中古でいいから、バイクを買おうかなって思ってるんです」
それを聞いた瞬間、陽菜の目の色が変わった。
『バイク?』
樹里も手元のカップから視線を上げる。
『中古ですか。どのくらいのものを考えてるんですか』
凛は少し驚いた顔をした。
「え、あ、まだ全然で。とりあえず原付とか……」
陽菜が身を乗り出す。
『原付はちょっと辛いかも。通勤で使うなら、125ccくらいあった方が安心だと思います』
樹里が続ける。
『整備記録はちゃんと確認した方がいいですよ。前の所有者の数や、事故歴がないかも見ておいた方が安全なので』
凛は目を丸くしている。
「日高先輩も櫻井さんも、詳しいんですね……」
『まあ、少しだけ』
陽菜が明るく笑ってごまかす。
『ヘルメットは安すぎるやつは避けた方がいいですよ。頭を守るものですから』
『グローブもあると安心です。転けたとき、手からつきますので』
二人のアドバイスは、だんだん具体的になっていく。
車種の特徴、サスペンションの硬さ、中古市場で狙い目の年式。
凛が「そこまで知らなくても……」と引きそうな勢いだった。
結局、その日の夕方。
陽菜が樹里にだけ聞こえる声で呟いた。
『エンジンの音、久しぶりに聞きたいな……』
樹里が即座に横から低く制止する。
『言うな』
『言ってない。思っただけ』
『思うんじゃねえ』
二人は黙って帰り支度を続けた。
遠藤凛は自分の席で、検索履歴に「中古バイク 125cc おすすめ」と入力しながら、不思議そうに首を傾げていた。
(日高先輩たち、どうしてあんなに詳しいんだろう……)




