40話「二度目」
樹里と陽菜が研修旅行で不在の夜。
スナック【Rose】の閉店間際、ドアが乱暴に開いた。
血だらけの女が、カウンターに倒れ込むように入ってくる。
渡辺沙羅だった。
美園は一瞬で動き、沙羅を支えながら奥のソファに座らせた。
『……お前』
「美園さん……」
沙羅の声は掠れ、額から血が滴っている。
唇も切れていた。
美園は黙ってタオルと水を用意し、とりあえず止血を優先する。
沙羅は息を整えながら、力なく言った。
「総長が……九条が、アネモネに捕まりました。
拠点に、連れて行かれた」
美園の手が、止まる。
「一度目に来たとき、断られて……それでも、どうにか自分たちでやるつもりでした。
でも、もう無理です。人数も、力も、足りなくて」
沙羅は顔を上げ、血の気の引いた目で美園を見た。
「お願いです。助けてください。
総長を、取り返してください」
店内に、重い沈黙が落ちる。
美園は沙羅の傷を押さえながら、短く息を吐いた。
『……今は、二人ともいない』
沙羅は何も言わず、ただ俯いた。
美園は天井を見上げ、長く息を吐いた。
『馬鹿な子だ』
沙羅は何も言い返せなかった。
美園はタオルを置き、静かに立ち上がった。
『傷の処理は自分でやりなさい。
私は、少し出かけてくる』
沙羅の目が見開かれる。
「……行ってくれるんですか」
美園は答えず、奥の部屋へ消えた。
しばらくして戻ってきた彼女は、青い特攻服を手にしていた。
薔薇の刺繍が入った、古い服。
沙羅は息をのんだ。
美園はそれを着込みながら、短く言った。
『二度と、私たちの名前を出して因縁を作るな。
これが、最後だ』
そして、店の鍵を沙羅に投げた。
『お前はここで待ってろ。勝手に動くな』
美園は店の入り口に立ち、看板を「準備中」に変えた。
明かりを落とし、夜の闇へ歩き出す。
エンジンの音が、遠くで低く鳴った。




