37話「内緒」
数日後。
終業後の廊下で、彩花が陽菜を呼び止めた。
「櫻井さん、少しだけ」
陽菜は足を止め、周囲に人がいないことを確認してから、彩花の方を向いた。
彩花は少し迷ったあと、真っ直ぐに聞いた。
「田所から、聞いた。
あなたたち、昔Rose girlsの……総長と副総長だったって」
陽菜の表情が、一瞬だけ止まる。
すぐに、いつもの軽い笑いに戻った。
『……だいたい、合ってる』
彩花は目を見開いた。
「本当に?」
『本当。今はただのOLだけどね』
陽菜は肩をすくめて、続ける。
『別に隠すほどでもないんだけど、会社では言わないことにしてるの。
面倒くさいから』
彩花は複雑そうな顔をした。
「……助けてもらったこと、ちゃんと感謝してる。
だから、他の人には言わない」
『うん、助かる』
陽菜は一歩近づいて、口元に人差し指を当てた。
『ただし、総長には、真相を知ってることは内緒だよ』
指を当てたまま、目を細めて笑う。
『内緒、ね?』
彩花は思わず、「……なんで」と聞き返した。
『面倒くさいから。
総長が知ると、また色々言ってくるでしょ。“深入りするな”とか“余計なことを”とか』
陽菜は指を下ろして、明るく手を振った。
『じゃあ、そういうことで。お疲れさまー』
そう言って、陽菜は先に歩き出した。
彩花はしばらくその背中を見送り、小さく息を吐いた。
(……本当に、ただ者じゃない)
それでも、彼女は約束を守ることにした。
樹里には、何も言わない。
それが、今の自分にできる最大限の礼儀だと判断した。




