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36話「正体」

約束の場所は、駅から少し離れた古い公園だった。

彩花の元彼——田所は、ベンチに座って腕を組んでいた。

樹里と陽菜が現れると、彼は鼻で笑った。

「なんだ、二人も来たのか。金でも持ってきたのか?」

陽菜が前に出る。

『金は持ってきてない。動画のデータの話をしに来た。あと、これまでに渡させた金の返金も』

「は? お前らに何の関係が——」

田所の言葉が、途中で止まる。

樹里の目を、まともに見た瞬間だった。

彼の表情が、徐々に強張っていく。

「……お前ら」

陽菜が首を傾げる。

『何か、思い出した?』

田所の顔から、血の気が引いていく。

「Rose girls……の、総長と副総長か……?」

樹里は否定しなかった。

ただ、静かに彼を見ている。

田所は後ずさり、声が上ずった。

「嘘だろ……あの頃の、あの三人……」

樹里が短く言った。

『動画のデータは今すぐ削除。

これまでに森下から受け取った金は、全額返金。

今後、一切接触しない。

いいですね』

「わ、わかった……! 消す、返す……! 全部やる……!」

田所は震える手でスマホを操作し、データの削除を二人に確認させた。

返金についても、期限を切って約束させる。

陽菜が最後に、静かに付け加えた。

『もしまた何かしたら、次は私たちの方から会いに行くから』

田所は二度と顔を上げず、逃げるようにその場を去った。


公園に残された三人。

彩花は、まだ状況が飲み込めていない顔をしていた。

「……ありがとう。本当に」

樹里は短くうなずいた。

『これで終わりです。詳細は、聞かなくていい』

彩花は何か言いたげだったが、結局何も聞かなかった。

数日後。

彩花の元に、田所から連絡が入った。

「金は返す。約束どおり、振り込みでも手渡しでも対応する。……それと、少し話がある」

彩花は警戒しながらも、指定された場所で彼と会った。

公園のベンチ。昼間で、人目もある。

田所は以前のような威圧感を完全に失っていた。

顔色が悪く、目も虚ろだった。

「……あの二人は、ただの会社の先輩後輩じゃない」

彩花が眉を寄せる。

「どういう意味?」

「昔、Rose girlsっていうレディースがいた。

総長と副総長、それに古参の女の三人組が特にヤバかった。

うちのグループが一番手を出してはいけないって、上から何度も言われてた」

彩花は首を傾げた。

「レディースって……暴走族の?」

「そう。ただの喧嘩好きの集まりじゃなくて、まとまりが違った。

特に総長は、一度睨まれたら最後だって噂だった。

副総長は感情的で、キレたら止まらない。

古参の女は、見た目は落ち着いてるのに、一番手強いって言われてた」

田所は苦い顔で続けた。

「うちのグループが一度、Rose girlsのシマに少し手を出したことがある。

軽い挑発のつもりだった。

結果、三日後に総長と副総長が二人だけで乗り込んできた」

彩花の目が、大きくなる。

「二人だけで?」

「ああ。人数で押すでもなく、ただ二人で来た。

話し合いの場所に着いた瞬間、空気が変わった。

うちの幹部が頭を下げて、すぐに引いた。

『二度と近づくな』って、それだけで終わった」

「……それで、終わり?」

「終わりにされたんだよ。向こうは本気を出す必要すらないって顔してた。

それ以来、うちはRose girlsの名前が出ただけで黙るようになった」

彩花は言葉を失っていた。

「で、その総長と副総長が……」

「日高と櫻井だ。間違いねえ。

あの目は、忘れるわけがねえ」

田所は力なく肩を落とした。

「金は全部返す。二度と連絡もしない。

……お前も、あの二人には逆らうな。無理だ」

彩花はしばらく、何も言えなかった。

頭の中で、会社での二人の様子が次々と浮かぶ。

丁寧な日高先輩。明るい櫻井さん。

でも、時々見せる目の温度。空気の変わり方。

「……本当に、あの二人なの?」

「本当だ。俺が命懸けで保証する」

田所はそれ以上何も言わず、逃げるようにその場を去った。

彩花はベンチに残され、夜の風に当たりながら、長く息を吐いた。

(……あんな人たちだったの)

驚きと、得体の知れない畏れと、それでも「助けてもらった」という事実。

それらが混ざって、胸の奥に沈んでいく。

彩花はスマホを握りしめたまま、静かに決断した。

誰にも言わない。

この二人がいなくなったら、困る。

それだけの理由で、彼女は秘密を胸にしまった。

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