35話「弱味」
「来週まで」の期限が、近づいていた。
彩花の顔色は、もはや隠せるレベルではなかった。
仕事中も明らかに集中できておらず、書類のミスも増えていた。
ある日の終業後。
陽菜が給湯室で一人になっていたとき、後ろでドアが開いた。
彩花だった。
「……櫻井さん、少しいい?」
声が、掠れていた。
陽菜はすぐにうなずき、二人は誰もいない会議室に入った。
彩花はしばらく俯いたまま何も言わなかったが、やがて小さく息を吐き、口を開いた。
「元彼が……動画を持ってるの」
陽菜の目が、細くなる。
「付き合ってた時の。行為中の。
私、撮られてるなんて知らなくて……」
彩花の指が、膝の上で絡まる。
「最初は少額だった。でも、どんどん金額が上がって。
もう、払える限度を超えてる。
警察に相談しようにも、内容が内容だから……」
陽菜は黙って聞いた。
「来週までに、また大金を用意しろって。
無理。本当に、無理」
彩花は顔を上げ、必死に笑おうとした。
「こんな話、するつもりなかった。でも……もう、限界で」
そのとき、ドアが軽くノックされた。
樹里が入ってくる。
彩花の顔が一瞬で強張った。
「……なんであんたが」
陽菜が静かに答える。
『あたしが呼びました。
彩花さんのプライドもあるでしょうけど、この人、やる時はやる人なので』
彩花は樹里の顔を見て、明らかに気まずそうに視線を逸らした。
知られたくない人間に、一番知られたくない話を聞かれた形だ。
だが、もう後戻りできる状況でもなかった。
彩花は唇を噛み、力なく肩を落とした。
「……全部、話します。
お願い、助けてください」
樹里は短く息を吐いた。
『詳細を、全部話してください。相手の名前、連絡手段、これまでの要求額。
こちらで、動きます』
陽菜が隣で、静かにうなずいた。
『あたしたち、放っておけない性格なんで』
彩花は何度も口を開閉させたあと、小さく頭を下げた。
「……お願いします」
樹里はすでに、次の一手を考え始めていた。




