34.話「連絡」
森下彩花の様子は、さらに悪くなっていた。
化粧で隠しているつもりなのだろうが、目元の影は濃くなり、会話のテンポも明らかにおかしい。
以前のような嫌味すら、ほとんど出なくなっていた。
陽菜はそれを遠目に見ながら、何度か声をかけようとした。
だが、彩花は「大丈夫」と笑って誤魔化し、深入りを許さない。
ある日の終業後。
陽菜が会社の裏通りを歩いていると、少し先で彩花が男と立話をしているのが見えた。
男は四十前後。腕を組み、明らかに上から目線で彩花に話している。
彩花は俯きがちで、時々小さく何か答えている。
声はほとんど聞こえない。
ただ、男の口が動くたびに、彩花の肩がわずかに強張っていた。
「……来週までだぞ」
低く、はっきりした声だけが、風に乗って陽菜の耳に届いた。
彩花が何か言い返すと、男は鼻で笑い、そのまま歩き去っていく。
彩花はその場にしばらく立ち尽くし、やがてゆっくりと反対方向へ歩き出した。
陽菜は姿を隠し、その一部始終を見ていた。
翌日。
陽菜は樹里の横を歩きながら、短く報告した。
『彩花さん、男と会ってた。会社の裏で』
樹里が視線を向ける。
『どんな男だ』
『上から目線で、威圧的。金の話をしてたと思う。“来週までだ”って言ってた』
樹里はしばらく黙っていた。
『……まだ、動く段階じゃない』
『でも』
『証拠もない。本人が助けを求めてもいない。
こちらから踏み込む話じゃない』
陽菜は不満そうに唇を尖らせたが、樹里の横顔を見て、それ以上は言わなかった。
樹里の目は、すでに少しだけ鋭くなっていた。
(……様子は、見ておく)
二人は並んで、夕暮れの道を歩いていった。
彩花が何を抱えているのかは、まだ誰も知らなかった。
だが、時計の針は、静かに「来週」へ向かって動いていた。




