33話「意味」
店が閉店したのは、予定より少し遅い時間だった。
最後の客を送り出し、鍵を閉めた美園が、カウンターに両手をついて息を吐く。
『……今日は本当に助かった。二人とも、ありがとう』
陽菜がエプロンを外しながら手を振る。
『お安い御用です』
凛も丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、勉強になりました」
美園は「勉強になるような仕事じゃないけどね」と笑い、髪をまとめ直そうとした。
後ろで髪を束ねる。
そのとき、シャツの襟が少し下り、背中が露わになる。
薔薇のタトゥー。
その下に、小さく「Rose girls」の文字。
凛の目が、そこに止まった。
『……薔薇』
小さく、漏れるような声だった。
美園は鏡越しに凛の視線に気づき、軽く肩をすくめた。
『あぁ……これね。昔、やんちゃしててさー』
淡々とした口調。
見せつけるでもなく、隠すでもなく、ただ事実として言った。
『今はただのママだけどね』
凛は視線を戻せずに、少しだけ食い下がった。
「その……文字も、薔薇も、綺麗ですね。何か意味があるんですか」
『チーム名みたいなやつ。昔の』
「チーム……」
『もうないけどね』
美園は髪を結び終え、話題を切り上げるように笑った。
陽菜は何も言わなかった。
エプロンを畳む手を止めず、ただ黙ってその会話を聞いている。
美園はレジから封筒を二つ取り出し、二人に差し出す。
『今日の分。少ないけど。中身ちゃんと明細とあってるか確認してもらえる?』
陽菜は「ありがとう」と素直に受け取る。
凛は中を見て、目を丸くした。
「こんなに……!? 私、何もお役に立ててないのに」
美園は首を横に振った。
『立ててる。猫の人、ああやってちゃんと話して帰ること、滅多にないから。
陽菜も、ウザい客をうまく流してくれたし。本当に助かった』
凛はまだ戸惑った顔をしていたが、美園の目が真剣なのに気づいて、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
『また忙しいときに頼むかも。そのときはよろしく』
『いつでも』
陽菜が明るく答え、凛も「はい」と小さくうなずいた。
三人は店の明かりを消し、夜の通りに出た。
凛は少し遅れながら歩き、心の中で繰り返した。
(薔薇……Rose girls)
意味はわからない。
ただ、あの文字と、美園の「昔のチーム」という言葉が、妙に頭に残っていた。




