32話「手伝い」
週末のスナック【Rose】は、予想どおり混んでいた。
陽菜と凛はエプロン姿でカウンターに立ち、美園の指示に従って動いている。
注文を取り、グラスを出し、会計を済ませる。
凛は最初こそ緊張していたが、徐々に手つきが落ち着いてきた。
中盤、一人の客が凛の前で粘り始めた。
「ねえ、お姉さん。名前教えてよ」
「いつまでいるの? 終わったら飲みに行かない?」
「真面目そうでいいね。そういう子、好きなんだ」
凛が困ったように笑顔を作り、適当に言葉を濁している。
そこに、陽菜が自然なタイミングで割り込んだ。
『あ、そこの方。追加の注文あります? 今、キッチンから上がってきたばかりなんですけど』
「あ、いや、俺はいいんだけど……」
『そうですか。じゃあ隣の方、お待たせしてますので』
陽菜は明るく、でも隙のない笑顔で客の注意をそらし、そのまま別の注文対応に移った。
凛は小さく息を吐き、陽菜に目礼した。
『助かりました』
『慣れればどうってことないよ』
陽菜が小声で笑い、凛も少しだけ肩の力を抜いた。
その後、カウンターの端に、一人の男が静かに座った。
四十代くらい。派手さはなく、一人で黙って酒を飲んでいる。
美園が声をかける。
『お疲れ様です。今日も一人?』
「……ええ」
『仕事、忙しかったんですか』
「まあ、普通です」
美園は当たり障りのない話題を振るが、男の反応は薄い。
会話が、うまく続かない。
凛がグラスを下げに行ったとき、男のジャケットの袖に、細い毛がついていることに気づいた。
『猫ちゃん、長毛種ですか?』
男の手が、止まった。
ゆっくりと顔を上げ、凛を見る。
「……わかるんですか」
『はい。この毛の感じ、長毛の猫さんによく似てます』
男の目が、わずかに光った。
「そうです。うちの三毛が長毛で。最近、換毛期で大変でして」
そこから、男の話が止まらなくなった。
食事の好み、抜け毛の処理、他の猫たちとの関係。
凛は的確に相槌を打ち、時々知識を補足する。
「多頭だと、トイレの数は多めに置いた方がいいですよね」
「そうです。うちも三個体制です。最初は足りないと思って増やしたら、落ち着きまして」
美園が陽菜に小声で言う。
『……今の子、すごいね』
『凛ちゃん、猫詳しいんだよ』
男は上機嫌で話し続け、結局いつもより長く店に残った。
会計のとき、彼は凛に向かって小さく頭を下げた。
「今日は、楽しかったです。また猫の話、してもいいですか」
「はい。またいらっしゃってください」
男は静かに手を振って、店を出て行った。
陽菜が凛の横で、面白そうに笑う。
『凛ちゃん、好評だったね』
『……猫の話なら、得意なので』
凛は少し照れたようにグラスを拭いた。
美園は二人の様子を見ながら、小さく息を吐いた。
『……思ったより、戦力になってる』
店内はまだ混んでいたが、三人の動きは、少しずつ噛み合いはじめていた。




