31話「手伝い」
ボーナス支給の翌週から、スナック【Rose】は明らかに忙しくなっていた。
常連のサラリーマンが増え、カウンターが埋まる時間帯が長くなった。
美園が一人で回しているには、正直限界に近かった。
ある夜、陽菜が顔を出したとき、美園はグラスを出す手も止められない様子だった。
『……今日もすごいね』
『すごいも何も、ここ数日ずっとこの調子』
美園は客に笑顔を向けたまま、陽菜にだけ聞こえる声で続けた。
『ちょっと手伝ってくれない? 今日だけでいいから』
陽菜の顔が、ぱっと明るくなる。
『いいよ! エプロンある?』
『あとで出す。手、洗ってきて』
『了解』
陽菜は荷物を置くと、早足で手洗い場に向かった。
美園はそんな陽菜の背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
『……嬉しそうだな、本当に』
その夜は、本当に忙しかった。
陽菜は注文を覚え、グラスを出し、会計を手伝い、常連の軽い冗談にも自然に応じた。
美園が「あっちのテーブル」と目配せすれば、すぐに動く。
閉店近くになって、ようやく客足が落ち着いた。
美園がカウンターに肘をついて、疲れたように笑う。
『助かった。一人じゃ、本当に回らなかった』
『楽しかったよ、意外と』
陽菜がエプロンを外しながら答える。
美園は冷蔵庫から水を出し、二人分のグラスに注いだ。
『今週末、団体の予約入ってるの。今日の倍は来ると思う』
『へえ』
『もっと大変になる』
陽菜は水を飲みながら、すぐに顔を上げた。
『じゃあ、凛ちゃんも誘って手伝おうか?』
美園が目を細める。
『あの子?』
『うん。真面目だし、ちゃんとしてるし。私から誘ってみる』
『……いいけど。無理にとは言わないでね』
『わかってる』
陽菜はすでに、次の展開を楽しむように笑っていた。
翌日。
営業部。
陽菜は凛の席に寄り、声をかけた。
『凛ちゃん、今週末空いてる?』
「え、特には……どうしてですか?」
『美園さんの店、忙しくて。私も手伝うことになったんだけど、凛ちゃんもどう?』
凛は少しだけ視線を泳がせた。
前回、一人で【Rose】に行ったときの空気と、美園の「手興味ある?」という言葉が、頭をよぎる。
「……私でよければ」
陽菜の顔が、また明るくなる。
『ほんと? 助かる!』
凛は「どうして引き受けてしまったんだろう」と思いながらも、悪くない気持ちでうなずいた。




