25話「三人」
神谷悠真が、珍しく陽菜と凛を誘った。
「よかったら、三人でご飯でもどうですか。近くに知り合いの店があるんです」
陽菜は「いいよ」と引き受け、凛も「私でよければ」とついてきた。
食事は普通の定食屋で、特に問題なく終わった。
会計の後、神谷が少し照れたように言った。
「この近くに、落ち着ける店があるんです。よかったら」
陽菜はすでに知っている店だと気づきつつ、何も言わずについていく。
凛は「スナック?」と少し戸惑いながらも、断る理由がなかった。
スナック【Rose】。
神谷がドアを開けると、美園がカウンター越しに顔を上げた。
『いらっしゃい。今日は連れがいるのね』
神谷が軽く頭を下げる。
「はい。会社の方です」
陽菜が後に続き、凛が少し緊張した顔で入店する。
(……思ってたより、普通の店だ)
凛は内心でそう思った。
暗い照明に、煙草の匂い。テレビの音が小さく流れている。
想像していたより、ずっと落ち着いた空間だった。
美園は陽菜の顔を見た瞬間、目を細めた。
しかし、すぐにいつもの穏やかな表情に戻す。
『好きな席に座って。何飲む?』
三人はカウンターに並んだ。
神谷が陽菜と美園のやり取りを見て、首を傾げる。
「なんだママ、櫻井さんのこと知ってるの?」
美園はグラスを出しながら、自然な調子で答えた。
『昔からの知り合いでね。妹みたいなものよ』
「へえ、そうなんですか」
神谷はそれ以上深く追及しなかった。
陽菜も「まあ、そういうことにしといて」と明るく笑って誤魔化した。
美園は凛の前にもグラスを置き、ビールを注いだ。
『初来店?』
「はい。神谷さんに勧められて」
『ゆっくりしていきな』
凛は小さく頭を下げ、グラスに口をつけた。
美園はカウンターに肘をついて、凛をじっと見る。
『眼鏡、似合うね。普段からつけてるの?』
「はい。目が悪いので」
『彼氏は?』
凛が少し動じた。
「いえ、いません」
『お酒は普段飲むの?』
「たまに、です。今日は誘われたので」
美園は面白そうに目を細めた。
『真面目そうな子。いいじゃない』
陽菜が横から口を挟む。
『凛ちゃん、仕事も真面目なんだよ。融通効かなすぎるくらい』
「櫻井さん……」
凛が抗議するように言うと、美園が笑った。
『いいよ、そういう子。嫌いじゃない』
凛は何をどう返していいかわからず、ただグラスを傾けるしかなかった。
(この人、なんか……見透かされてる感じがする)
しばらくして、ドアが開く。
樹里が入ってきて、三人の顔を見て足を止めた。
『……何してる』
陽菜が手を振って、
『たまたま』
と答える。
樹里は美園と目を合わせて、短く息を吐いた。
『……わかった。勝手にしろ』
そう言って、樹里は陽菜の隣に座った。
美園が樹里の分のグラスも出しながら、続ける。
『今日は珍しい組み合わせね。神谷くんに、陽菜に、その子』
『たまたまです』
樹里はそう返すしかなかった。
凛は「日高先輩も来るんですね」と少しだけ目を丸くし、神谷は「意外と皆さんご存知なんですね」と不思議そうにしていた。
陽菜はグラスを傾けながら、心の中で思った。
(……ちょっとずつ、混ざってきてるな。ま、楽しいから良いか)
凛はカウンターの木目を眺めながら、静かに息を吐いた。
(なんだか、変な店。でも……悪くないな)




