24話「購入」
遠藤凛が、ようやくバイクを購入することになった。
零に相談を重ね、予算と用途を相談した末に、中古の125ccを選んだ。
納車の日、凛は零のガソリンスタンドに向かった。
『これですね。点検も一通り終わってます』
零が指差したバイクは、凛が想像していたよりずっと綺麗に整備されていた。
「すごい……ちゃんと走れるんですか?」
『大丈夫っすよ。試乗もしたし、問題ないっす』
凛が嬉しそうにバイクを眺めていると、隣に止まっている一台が目に入った。
大きくて、黒くて、明らかに普通の通勤用ではなかった。
いかついフォルムの、見るからに排気量の大きそうなバイク。
「あれは……?」
零が反射的に答えてしまった。
『あ、これ気になります? 樹里さんのバイクで——』
言葉が、途中で止まる。
零の顔が、みるみる青ざめていく。
凛は目を丸くした。
「え、日高先輩の……?」
『あ、いや、その……似てる別の人の……』
誤魔化せない空気だった。
翌日。
営業部。
凛が樹里のデスクに近づいてきて、少し興奮した様子で言った。
「日高先輩! 昨日、零ちゃんのところにバイクを取りに行ったんですけど、隣にすごいバイクが止まってて。
樹里さんのバイクって聞きました! あんなイカついのに乗ってるなんて、全然想像できないです!」
樹里の手が、止まった。
ペンを持っていた指が、わずかに強張る。
表情は崩さない。丁寧な笑顔も、ほとんど維持している。
だが、目だけが、一瞬だけ別の温度になった。
『……そう、ですか』
短く、穏やかに返す。
声のトーンは完璧だった。
しかし、隣でその一部始終を見ていた陽菜には、はっきりわかった。
(あ、怒ってる)
樹里はそれ以上何も言わず、再び書類に視線を戻した。
ただ、ペンを動かす手が、いつもより少しだけ早い。
陽菜は口を手で覆い、肩を震わせて笑いを堪えていた。
その日の夜。
スナック【Rose】。
樹里はカウンターに座るなり、零を呼び出した。
零はすでに自分の罪を理解しており、小さくなって立っていた。
『説明しろ』
声が低い。
『す、すみませんっす……つい口が……』
『つい、で済むと思ってるのか』
樹里はゆっくりと顔を上げた。
目が、笑っていなかった。
『会社で「樹里さんのバイク」だと、はっきり言われた。
どうやって誤魔化せと』
『本当にすみませんっす! 次から絶対に気をつけますっす!』
陽菜が横から口を挟む。
『まあまあ、総長。零も悪気があったわけじゃないし』
樹里が陽菜を一瞥する。
その目だけで、陽菜はすぐに手を引いた。
『……黙る』
美園が呆れたように息を吐いた。
『また始まった』
零は最後まで、小さく頭を下げ続けていた。
樹里は深く息を吐き、短く言い放った。
『二度はないと思え』
『は、はいっす……』
陽菜が零の肩をポンと叩いて、小声で言った。
『死ななくてよかったね』
『死にかけたっす……』




