21話「説教」
「ちょっと、何をしてるんですか!」
先生たちが、慌てた様子で踊り場に駆け寄ってきた。
陽菜は生徒たちから半歩引き、表情を少しだけ戻す。
樹里と美園が、静かに前に出た。
一番先頭にいた年配の男性教師が、厳しい顔で三人を睨む。
「あなたたち、部外者でしょう。勝手に生徒に近づかないでください。場合によっては警察を呼びますよ」
樹里は一礼した。
『失礼しました。本日は、息子さんがいじめを受けていると相談を受けた保護者の知人として参りました』
「いじめの事実は確認できていません。証拠もない状況で、生徒に威圧的な態度を取るのは問題です」
別の女性教師が、手帳を手にしながら続けた。
「こちらで対応しますので、持ち帰ってください」
樹里の目が、わずかに細くなる。
『対応、ですか』
低く、静かな声だった。
『それでは、伺います。
この件について、これまでに何回、保護者と話をしましたか。
生徒から事情聴取は何回行いましたか。
いじめの可能性がある事案として、学校としてどのように記録を残していますか』
男性教師が顔をしかめる。
「それは……個別の案件ですので」
『個別の案件だから、動かなくていい、ということでしょうか』
樹里は一歩、前に出た。
声は荒げない。
なのに、廊下の空気が変わっていく。
『証拠がない、様子を見る、子供同士のトラブル。
その言葉で、何人の子供が救われなかったと思っておられますか』
女性教師が口を開きかけるが、樹里は続けた。
『痕跡を残さないいじめを、証拠がないからと放置する。
それが教育機関の対応だとするなら、あまりに無責任です』
「言い方が過ぎますよ」
男性教師が声を大きくする。
その瞬間、樹里のトーンが、わずかに変わった。
『過ぎるのは、てめぇらの不作為の方じゃねぇのか?』
低く、はっきりとした声。
丁寧な口調が、一瞬だけ剥がれた。
陽菜と美園の背筋が、同時に伸びる。
(……この声だ)
昔、誰かが言い訳をしたとき。
誰かが責任から逃げようとしたとき。
総長が、本当に感情を昂らせたときに出る声。
二人は何も言わず、ただ樹里の横に立っていた。
樹里はすぐにトーンを戻す。
『保護者が何度も相談しているにもかかわらず、動かない。
その結果、子供が学校に行きたくないと泣いている。
それでも「様子を見ましょう」で済むとお思いですか』
沈黙が落ちる。
樹里は一礼する直前に、静かに言い添えた。
『本日はこれで失礼します。
ただし、この件はこちらでも引き続き確認させていただきます。
次に伺うときは、もう少し建設的な話ができることを、期待しています』
三人は揃って背を向け、廊下を歩き出した。
後ろから、先生たちの困惑した視線が刺さっていた。
陽菜が小声で呟く。
『……一瞬、昔の総長が出たね』
美園が短く息を吐いた。
『出た。久しぶりに聞いた』
樹里は前を向いたまま、低く返した。
『言うな』




