19話「欠勤」
高村さんは、休んだことのない人だった。
営業部に来てから一度も欠勤したことがなく、有給すらほとんど使わない。
真面目で、仕事が丁寧で、誰に対しても角を立てない。
樹里も、高村さんの仕事ぶりは信頼していた。
その高村さんが、三日連続で休んだ。
樹里は最初、風邪か何かだろうと思っていた。
だが、四日目に出勤してきた高村さんの顔を見て、考えを改めた。
明らかに、浮かない顔をしていた。
目の下にうっすらと影があり、笑顔もどこか作り物めいていた。
書類を渡す手つきも、いつもより少しだけ遅い。
昼休み前、樹里は高村さんのデスクに近づいた。
『高村さん、少しお時間いいですか』
高村さんは驚いたように顔を上げ、すぐに無理に笑った。
「日高さん。はい、大丈夫です」
二人は給湯室の近くの、人の少ないスペースに移動した。
樹里は声のトーンを落として、静かに聞いた。
『無理をしていませんか。顔色がよくないので』
高村さんは一瞬、言葉に詰まった。
そして、俯いた。
「……すみません。心配かけて」
『無理に話さなくてもいいです。ただ、何かあれば』
沈黙が落ちる。
高村さんはしばらく迷っていたが、ようやく口を開いた。
「息子が、高校でいじめられているんです」
樹里は黙って聞いた。
「最初は軽いからかいだったみたいで。でもだんだんエスカレートして。
先生に相談しても、『証拠がない』『様子を見ましょう』としか言われなくて」
高村さんの声が、わずかに震える。
「今の子たちはずる賢いんです。明確な痕跡を残さない。
物を隠したり、無視したり、遠回しに傷つけたり。
息子は朝、学校に行きたくないと泣いて……」
樹里は目を細めた。
『学校は、動かないんですか』
「動いてくれません。『子供同士のトラブル』で片付けようとするんです」
高村さんは顔を上げ、申し訳なさそうに続けた。
「こんな話、日高さんにしても仕方ないのに。すみません」
樹里は首を横に振った。
『いいえ』
短く、はっきりと否定する。
『放っておけない話です』
高村さんは目を丸くした。
樹里は少しだけ間を置いてから、静かに続けた。
『知人に、教育機関に勤める者がおりまして。
一度、この件を私からご相談させてもらってもよろしいですか』
高村さんが戸惑ったように口を開く。
「え……でも、息子のことが外に……」
『大丈夫です。息子さんの立場は、きちんと守りますので』
樹里の声は、穏やかで、しかし揺るがなかった。
高村さんはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
「……お願いします」
樹里は軽く頭を下げた。
『承知しました。詳しい状況を、もう少し聞かせてください』
高村さんは、何か救われたような顔で、改めて話し始めた。
樹里の目は、すでにいつもの「日高先輩」のものではなかった。




