18話「牙」
スナック【Rose】のカウンターに、酔った男が肘をついていた。
最初は普通の客だった。
だが、酒が進むにつれて、徐々に態度が悪くなっていく。
「ママ、もう一杯。いいだろ」
「一人で店やってんのか? 寂しいだろ」
「ちょっとくらい、俺が相手してやってもいいぞ」
美園は笑顔を崩さずに対応していた。
『すみません、そろそろ閉店の時間なので』
男は聞く耳を持たない。
声が大きくなり、ついにはカウンター越しに手を伸ばしてきた。
美園の胸を、揉んだ。
「ママ、意外といいもん持ってんじゃねぇか」
その瞬間、店内の空気が変わった。
カウンターの端で見ていた陽菜が、面白そうに呟く。
『あの客、どうなっても知らないよ』
樹里も短く応じた。
『ああ。終わったな』
二人が動く気配はない。
ただ、興味深そうに美園の様子を見守っている。
美園は男の手を、静かに払いのけた。
笑顔は残っている。
でも、目の温度が、完全に違った。
『お客様』
低く、落ち着いた声。
『それ以上は、許しません』
男が何か言い返そうとした瞬間、美園が彼を見た。
短い沈黙。
元Rose girlsの、キレる直前の目。
それを、ちゃんと出す。
男の顔から、血の気が引いていく。
美園はゆっくりと身を引き、明るく言った。
『お会計、お願いしますね。今日は閉店なので』
男は何も言えず、財布から金を出して店を出て行った。
足が少し震えていた。
ドアが閉まったあと、美園は小さく息を吐いた。
樹里が口を開く。
『……衰えてないな』
陽菜が笑う。
『美園さんの牙、健在だった』
美園は二人を睨むように見たが、すぐに疲れたように笑った。
『あんたたち、楽しそうに見てたでしょ』
『見てない』
『見てた』
『面白かった』
陽菜がグラスを置きながら、ふと思いついたように言った。
『ねえ、あたしも美園さんのおっぱい触ったら、殺されるかな?』
美園が即座に返す。
『殺すよ♡』
陽菜が「やっぱり」と笑い、樹里が呆れたように息を吐いた。




