14話「取引先」
島川不動産にとって、重要な取引先の一つに「東都ハウジング」があった。
担当の営業マンは、岡田という男だ。
40代手前。成績は悪くないが、態度が悪かった。
特に、若い女性社員に対して露骨だった。
「遠藤さん、これくらいの修正、自分で判断できないの?」
「早川さん、笑顔はいいんだけど、もう少し要領よくやってくれないと困るな」
「新人さんは可愛いだけで許されるけど、いつまでもそうはいかないよ」
遠藤凛はうつむき、柚希は無理やり笑顔を作っていた。
樹里はこれまで、何度か同席して我慢してきた。
丁寧に対応し、相手の要求を最小限に抑え、場を収めようとしていた。
だが、限界は近づいていた。
その日の商談が終わったあと。
会議室を出た凛と柚希の顔が、明らかに疲れていた。
凛は書類を抱えたまま、少し俯いている。
柚希は笑顔を作ろうとしていたが、目元に力が入っていなかった。
陽菜は二人の様子を見て、歩みを緩めた。
(……また、あんな目に遭ってたのか)
胸の奥で、熱いものがゆっくりと広がっていく。
怒りというより、苛立ちに近かった。
「なんで、ああいう男に、あんな顔をさせなきゃいけないんだ」という、単純で、どうしようもない感情。
陽菜は資料を抱え直しながら、樹里の横を歩いた。
表情は明るいままだったが、目は笑っていなかった。
『総長』
『何だ』
『次は、あたしが行く』
樹里は歩みを止めなかった。
『……お前が?』
『凛ちゃんたち、もう十分我慢してる。
あたしが行った方が、早い』
樹里はしばらく黙っていたが、短く息を吐いた。
『やりすぎるな』
『わかってる。暴力は使わない』
『言葉もな』
『……できるだけ』
樹里は横目で陽菜を見た。
『できるだけ、じゃねえ。やれ』
『はい』
陽菜は小さく手を振って、先に歩き出した。
その背中は、どこか楽しそうにさえ見えた。
樹里は小さく舌打ちをしてから、後を追った。
(……お前が行くと、だいたい何かが起きる)
そう思いながらも、止めるつもりはなかった。




