13話「武勇伝」
終業後。
黒澤剛は、特に目的もなく会社の裏通りを歩いていた。
「ちょっと一杯やるか」と思ったとき、小さなスナックの看板が目に入る。
【Rose】
「……まあ、いっか」
彼はドアを開けた。
カウンターの奥で、黒いドレスの女性がグラスを拭いていた。
美園は客の顔を見て、軽く会釈をする。
『いらっしゃい』
黒澤はカウンターに座り、ビールを頼んだ。
一本目が減る頃には、いつものスイッチが入っていた。
「美園さん、俺も昔は結構やった方でな」
『へえ』
「高校のとき、夜の公園で立ち話してたら補導されかけたことがあってよ。
先生に見つかって、説教されたんだ」
美園は上手く相槌を打つ。
『それは、なかなか大胆でしたね』
「だろう? 今思うと若気の至りだけどな。
当時は俺も血気盛んだったんだ」
『意外と経験豊富なんですね』
「まあな。俺が若い頃は、今みたいに甘やかされなかったからな」
美園は笑顔で聞き役に徹した。
黒澤は上機嫌で、さらにいくつかの「武勇伝」を披露した。
内容はどれも、補導されかけた、怒られた、注意された、程度のものだった。
結局、彼はかなり満足した顔で店を出た。
「美園さん、わかってくれるよなお前は! また来るわ!」
『はい、お気をつけて』
ドアが閉まったあと、美園は小さく息を吐いた。
『……しょぼいな、本当に』
翌日。
樹里がスナックに顔を出したとき、美園はカウンター越しに笑いながら言った。
『あんたのところの部長、昨日来てたよ』
『……黒澤さんが?』
『武勇伝、聞いてあげてた。気持ちよさそうだった』
樹里は額に手を当てた。
『……ご苦労だな』
『いいの。たまになら』
美園はくすっと笑って、樹里の分のグラスを出した。
樹里は何も言わずにそれを受け取り、小さく息を吐いた。




