12話「相談」
神谷悠真が樹里にだけ妙に丁寧なのは、部署内で徐々に気づかれ始めていた。
書類を渡すとき、他の人には普通なのに、樹里のときだけ両手で丁寧に差し出す。
声のトーンも、わずかに改まっている。
柚希がそれを見逃すはずもなかった。
「ねえねえ、神谷くんってさ、日高先輩のこと好きなんじゃない?」
休憩時間にそう切り出されて、陽菜が目を輝かせる。
『え、そうなの?』
樹里は真顔で首を横に振った。
『違います』
『でも、なんか丁寧すぎない? 書類の渡し方とか』
『気のせいです』
陽菜は面白がって樹里の様子を観察していたが、樹里は最後まで「恋愛とか、よくわからない」としか言わなかった。
終業後。
神谷はいつものように、会社の裏通りにあるスナック【Rose】のドアを開けた。
特別なことがあったわけではないが、気持ちが整理できないとき、自然と足が向く。
カウンターの奥で、黒いドレスの女性がグラスを拭いていた。
美園は彼の顔を見て、軽く会釈をする。
『いらっしゃい。今日も疲れた顔してるね』
神谷はカウンターに座り、いつものように水を頼んだ。
そして、少し迷ったあとで、自分から話し始めてしまった。
「あの……好きな人がいるんです」
美園は手を止めずに、静かに聞く。
「仕事ができて、冷静で、誰に対しても丁寧で。
人が自然と集まってくるような人なんです。
自分なんかが近づいていいのか、わからなくて」
神谷の言葉を聞きながら、美園はすぐに察していた。
(……樹里のことにしか聞こえないな。同じ会社の子だし)
でも、それを口には出さない。
『無理に特別なことをしなくてもいいんじゃない?
まずは、仕事でちゃんと信頼される方が、よっぽど近道だと思うよ』
神谷は目を丸くした。
「……すごく、的確ですね」
『そう? ただの経験談だけど』
美園は小さく笑って、水の入ったグラスを差し出した。
神谷はそれを受け取り、深く息を吐いた。
「ありがとうございます。少し、楽になりました」
彼はいつも通り、短時間で店を出た。
美園は一人残されたカウンターで、小さく笑いながら呟いた。
『……総長かぁ、おすすめできないなぁ』
そして翌日。
樹里がスナックに顔を出したとき、美園は何気ない調子で言った。
『あんたに片思いしてる子、昨日も来てたよ』
樹里の手が、わずかに止まった。
『……はあ?』
美園はそれ以上何も説明せず、ただ笑っていた。




