トラウマとまではいきませんが
さて、クロノとレェテがほぼ普段着のままではあるというものの、上から布を被って少しでも顔を隠そうとしているのには訳がある。別にこの世界に来て早々に何らかの犯罪をやらかしたとかではない。というか、仮にそうなったとしてもその場合この二人なら目撃者諸共消す、という事が余裕で可能なのでわざわざ顔を隠す必要がない……と言ってしまえばそれまでの話だ。
レェテはさておき、クロノはこの世界に来るまでにもいくつかの世界へお邪魔していた。
そこで、ちょっと自分が住んでる世界と異なる価値観の世界もあって、顔を晒す事に躊躇いがあるのだ。
別に自分がブサイクだとかで迫害されたとかではない。逆だ。
ちょっと流れで世界を救う事になってしまったところで、クロノはそれはもう大層モテた。
本人がドン引きするくらいモテた。
世界を救った功績も含まれてるとは思うが、今までの人生でこんなモテた事あったっけ? というくらいモテた。
もっと何も考えずに単純に女にモテて~~~~!! とかいう欲望のある男であったなら、この状況は望むところだったのだろう。だがしかしクロノは別にそういうの求めてなかった。
そもそも既に自分には愛する妻がいて、ついでに子供もたくさんいる。
正直間に合っている。
なのにうじゃうじゃと群がられても、いや面倒くさいですねとしか思えない。モテたくてモテたくて日夜リア充を呪うような相手からすればこの男も殺せとか言われそうなお悩みである。
そもそも元から引きこもりたいタイプなので、大勢の女性に囲まれても何かもうすべてにおいて面倒くさいという感想しか出てこない。どうしてこの場に他の眷属たちがいないのか。
いたらあいつらに全部押し付けているというのに……! とどうしようもない事を考えたりもした。
世界中の女に群がられたといっても過言ではないくらいであった。
それこそ、うっかり口に入れたばかりの飴玉を落っことしてしまってその後飴玉にびっしり群がる蟻でも見ているような気分にさえなったくらいだ。例えからして酷いが、クロノの率直な感想がこれだったのでもうどうしようもない。
言い方が酷いが、クロノもそれなりに苦労したのだ。
何せちょっと視線を移動させたらその先にいる女性がきゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げ、ちょっとでも息を吐こうものなら単なる呼吸だというのに、物憂げな溜息に間違われ。
指先をちょっとでも動かしただけで、その次の一挙手一投足にまで注目される始末。
モテてるというよりは何かもうここまでくると見世物の気分だった。
幸いにしてあの世界からは離脱できたけれど、他の世界でもここまでとはいかなくとも言い寄られたりしたもので。
もう、本当に面倒だとしか思えなかったのだ。
最初から素顔を晒しているよりは、顔を見えにくくしておいた方が相手の意識も多少逸らせるのではと思ったあたりで、悪あがきのようにこうして布を被るようになった。
レェテにも同じように布をかぶせているのは、片方だけが布被ってもう片方がフルオープンしてたら、それもそれで面倒な事になりそうだと思ったからだ。
かぶってないのであればレェテの素顔は最初からわかる。だが、そこで被っている方にどうして被ってるのか、なんて興味本位で絡まれるような事になってもクロノからすれば面倒くさいし、かといって自分も布を被らないという選択肢はない。少なくともこの世界で無駄に人に群がられないという確証を得るまでは外すつもりもない。
そうなると、それならレェテも同じく布を被ってしまえばいい。
とりあえず片方しかない状態よりは両者そうである方が、何か事情があるとかごり押しが可能になる。一番酷い暴論としてはこれ制服なんで、とか言い張る予定である。聞かれる予定は特にないが。
そもそもこんなちょっと襤褸に見える布を被ってこれが制服だとか言ったらそれはそれで別の場所から文句が飛んできそうだが、クロノもレェテもそこら辺は全く気にしていなかった。
とりあえずこの世界に関して、他の創星神から少しばかり聞いてはいる。
まだ連絡がついていた頃のこの世界の創星神から聞いた情報なんで、恐らくとんでもなく古い情報ではあるのだけど。
一応さらっと最初に降りた大陸で情報収集した後、こうして塔にやってきた。
なんでも他の大陸にもダンジョンがあるとはいえ、今はこの世界で一番稼げるダンジョンなのだとか。
念の為塔に関しての情報も少し集めた。レェテが。
結果として、とりあえず金さえあればどうにかなりそうな場所、という結論になった。事実である。
塔の見た目は天辺が見えない程に高くはあるし、実際中もそれくらいの長さがあると思っていいだろう。
けれども、中がダンジョンであるというのであれば、見た目よりも更に中は長丁場になるだろう事を考えておくべきだ。
まず魔物相手に苦戦する事はないと断言できるが、最上階に辿り着くまでにどれくらいかかるかはわからない。
流石に飲まず食わず休まずで上を目指すつもりもないのだ。
とりあえず、この世界が何か危機に陥ってるだとかそういう事にはなっていなさそうなのが救いと言えば救いだった。少なくともこの世界でやるべき事はこの塔を制覇して恐らく繋がってる気配のある天界への道を見つけそこにいるだろう創星神に会う事だけだ。
他の世界と比べるとやる事がとても少ない。楽。
「とはいえ、楽だからこそ、この世界望み薄ですかね……」
「もうさっさと済ませてしまいましょう、主」
塔の扉を開けて、中へと入り思わず呟く。
「イラッシャイマセー。ご新規さまゴアンナーイ」
と、同時に中にいたゴーレムに声をかけられた。
一応情報はあつめてあった。
塔の中の言葉を話すゴーレムは塔で商売をしていたりするし、下手に攻撃を仕掛ける真似はしてはいけない、と聞いている。
今は滅多にないけれど、この塔が開放されて間もなくの頃はゴーレムを倒して商品根こそぎ奪おうとか考えた者たちもいたらしく、だがしかし彼らは一瞬でゴーレムに殺されてしまったのだとか。
見た目がまるっこくとても強そうに見えないが、クロノとレェテはお互いに顔を見合わせた。
見た目に似合わず、何か思った以上に魔力を蓄えているのがわかる。成程、何か一瞬でジュッとされた、とかいう話を聞いてどういう事だろうと思ったが、それだけの魔力量を持っているのであればそういう事は可能だなと納得はできた。やろうと思えばクロノもレェテも可能ではあるので、あぁそういう事ね、と納得の速度がえげつない。
塔の中でのみ効果を発揮するヤクトリングが必需品とかいう話も聞いたが、一つ一万オウロと聞いて結構いい値段するなと思う。
ついでに何か機能解放とか更に金がかかるとかって話も聞いた。
とはいえ、だ。
二人からすれば「いるか? それ」という思いが強い。
確かに普通の探索者からすれば、途中で引き返したりするための転移機能を使うためだとか、魔物を倒した後にでる換金可能な魔物コインだとかを自動回収してくれる機能だとか、何かそれ以外の便利っぽい機能もあって困るものではない、というかむしろ無いと困るものなのだろう。
だがしかし、クロノとレェテの目的は別にこの塔でお金を稼ぎに来たとかそういうものではなく、ひたすら上を目指すだけだ。途中で引き返したりする必要、あります? というのが本音だった。
それに、魔物コインとやらを回収して、途中の休憩所で換金してその金で探索者たちは薬を買い足したり食事をしたり装備を整えたりするらしいが、クロノたちはそこまで必要としていない。
いや、途中で休憩するのに宿とかあるらしいし、そういう面では必要になるとは思う。
思うけれど、わざわざヤクトリングを購入する必要性は感じられなかった。
大体倒して出た魔物コインは魔術で集めて自分の周囲の亜空間にでも収納すればいいだけの話だし、引き返すつもりもないのだから転移機能も不要。罠の可視化機能とかいうのもあるらしいけれど、罠っていっても別に引っかかったが最後世界が滅亡するレベルのものが発動するという事もないだろう。
それ以外にも色々とあるらしいけれど、クロノもレェテもその機能を必要とするか? となるといやいらないなという結論になるのだ。どうしても。
だからこそ二人はゴーレムに構うでもなくさっさとダンジョンへ続く通路へと向かう。
それと時を同じくしてミーシャがやってきたが、その時には既に二人はダンジョンの中に入った直後だった。僅かに遅かったらしい。
とりあえず次の休憩所で待っていればいいだろうか。
ミーシャは冷静にそう考え直し、何事もなかったかのように引き返してスタッフルーム経由で次の休憩所へと移動する。
幸いな事に今回はその休憩所に探索者たちの姿はなかったので、のんびり待っていても大丈夫そうだ。
しょっちゅう人前に姿を見せているわけではないが、探索者たちが訪れる事のできる休憩所に長々と居座るとそれはそれで何かあったかと勘繰られかねない。事実何かあったからこうしているわけなのだが……それを第三者である探索者に説明するのも面倒だった。
休憩所にはスクリーンがないので、あの二人がいつ頃到着するかはわからない。けれども、そう待つ事もないと思っている。
事実、思っていたよりは早く、二人は最初の休憩所へと辿り着いていた。




