危機的接触
ダンジョン最初のフロアはいたってのどかな場所だった。
ダンジョンというくらいだからもっとおどろおどろしいものを想像していたのだが、クロノたちからすれば何か普通に地上界の魔物が出る外、くらいの認識でしかない。
この世界のダンジョンに関しても一応さらっと情報を仕入れたりはしていたが、わざわざ足を運んだりはしていなかったので中に入って「あぁ、こういう感じのやつか」と数秒してから理解した。
こういう感じのダンジョンは自分たちが過ごしていた世界にもあったし、特に驚くでもない。
むしろクロノがかつて足を踏み入れていたダンジョンと比べると出てくる魔物も弱すぎて、ダンジョンという認識が薄れそうになってくる。
レェテもわらわらと集まってくる魔物に対してどこか戸惑った様子だった。
何分とんでもなく弱い魔物ばかりなので。
「黙ってるとどこまでも集まってきそうですね」
「そのようですね。相手との実力差を考えたらこんな集まってくるとかないと思うんですが……」
ぴぎー!
と鳴き声のようなものを上げて突進してくる石ころのようなスライムを微笑ましく見ているクロノに、微笑ましいとは思っていないがただ目の前の事象をそのまま受け止めているレェテ。普通の探索者であれば駆け出しであろうとそうでなかろうと、弱くとも魔物の攻撃だ。回避するなりその前に攻撃を仕掛けて仕留めるなりするものだが、クロノもレェテも何事もないかのように攻撃を受けつつも進んでいく。
普通の探索者であればカチコチスライムの攻撃を受ければ骨が折れるまではいかなくとも打撲とかにはなる。そこまでいかなくても場合によってはぶつかった場所が赤くなったり青くなったりするし、やっぱり痛くないとはいかないのだ。
だがしかしクロノもレェテも進行方向にいるやつだけ「邪魔」とばかりに蹴飛ばしていくだけで、特に攻撃をする様子もない。ついでに結構ボスボスぶつかられているけれど、痛みを感じている様子もなかった。
塔の外のスクリーンに二人はまだ映っていないけれど、ステラたちはスタッフルームで二人の様子をスクリーンでもって確認している。
数だけはなんか一杯いるというのに意に介していないので、それはそれで一種異様な光景に見えてきた。
「階段がありますね」
「次の階層にいくためのものでしょう」
「じゃあ、こいつら片付けてから行きますか」
「そうですね」
それはさながら「あれは何ですか?」「あれは窓です」くらいの英会話のお子様向け教科書のような会話だった。あまりにも淡々としすぎていて、わざわざする必要あった? と思えるもの。二人にとっては別に言う必要性もないだろうけれど、とりあえず確認事項として口に出しました程度のものなのだろう。
クロノに小さく頷き返すとレェテはその場で腕を振るった。
同時に、ゴウ、という音とともに炎が発生する。
そして一瞬で周囲にいた魔物たちが消滅する。――と同時に出現する魔物コイン。
一番最初のフロアなんてもう訪れるのは本当にこの塔に来たばかりの駆け出し探索者、まだまだ初心者としての初々しい雰囲気も残ってます! みたいな者たちばかりなのでヤクトリングを手にいれていない者も勿論いる。
けれども、そんな彼らだって魔物を倒しながら移動するにしても、ここまでの量ではなかった。
既にヤクトリングを入手している探索者たちであれば、魔物コイン自動回収機能を解放しているのならば、大量に倒してもすぐにリングにコインが回収される。やはりこれだけのコインを目にする機会はない。
拾い集めるとしたらさぞ面倒だなぁ……と思えるものだったが、それもあっさりとクロノが魔術で空間収納してしまったので、魔物コイン? 何言ってるんですありませんよそんなもの、みたいに綺麗さっぱりなくなってしまった。
序盤階層最初のフロアに出る魔物なんぞ脅威にもならない、とばかりにクロノとレェテは進んでいく。実際背後から突進されてもそのせいでバランスを崩すなんて事はなかったし、どころかちょっと肩をポンと叩かれて呼ばれましたくらいの反応しか示さない。
魔物の攻撃が攻撃とみなされていないのだ。
ステラとベルナドットはそんな二人をスクリーンで確認しつつ、あー、ゲームでこういうの見た事あるーなんて思っていた。
ラスダン突入するくらいの実力になってから最初の村周辺の雑魚モンスターと遭遇して攻撃受けてもノーダメとかいうアレ。むしろそのまんまな現象が今まさにといったところだ。
どれだけ魔物が集まってきても二人にちょっとでも「いたっ」とかいうようなダメージは与えられていないし、ある程度集まったらその時点でレェテが纏めて仕留めている。
ちょっともうあの二人に関わらない方がいいんじゃないかなぁ、と見ている側が思うくらいにあっさりかつ淡々と処理されていた。
挙句、この二人は罠を踏んでも一切ペースを崩さなかった。
夜の森に飛ばされても慌てるどころか一切動じる事もなく、集まってくる魔物を倒して進むという点では何も変わりがない。
そうこうしているうちに、あっさりと階層主がいるところまで辿り着いてしまっていた。
勿論瞬殺して、そのまま次のフロアへと進もうとして――
この塔最初の休憩所へと辿り着いたわけだ。
下の階層なんてもう本当に駆け出しの、探索者になったばかりです! みたいな者しか利用しないのだろう。
そしてこの休憩所は必要最低限の施設しかない、というくらいにさらっとしている。
だからこそ、これより上の休憩所へ行けるようになった者たちは大抵そちらを利用するので今現在この休憩所を利用している者はほとんどいなかった。
とはいえ、店番をしているゴーレムはそれを嘆いた様子もない。別にここが暇であろうと、上の階のどこかが忙しい場合裏方として駆り出される事もあるからだ。
そして現在、この休憩所にいるのはクロノとレェテ――だけではなく、女が一人座っていた。
一人、という部分でレェテが少しばかり相手に視線を向けたが、大した実力の持ち主ではないと判断してかすぐさま興味を失ったらしい。クロノは最初から女の存在を一切気にしていなかった。
だが女の方は違った。二人が来たのをちらりと視線を軽く移動させて確認すると、すっと音を立てずに立ち上がり二人のいる方へと歩く。
興味を失ったばかりの相手がこちらに向かってくることで、レェテは表に出さずとも改めて警戒しなおした。こちらから攻撃を仕掛けるつもりは今の所ないけれど、それも相手の出方次第。
女は一瞬レェテの顔を見て戸惑った様子であったけれど、すぐさま気を取り直したのか彼の手を強引につかんでその手に折りたたまれた紙を握らせた。そのまま何事もなかったかのように休憩所をぐるっと回る形で移動して――ダンジョンに繋がっているであろう扉の向こうへと立ち去っていく。
女は勿論ミーシャであった。
ルクスが書いた手紙を渡してこいと言われてそうするべく向かったわけだが、なるべくこちらの名前を出さずにという面倒な指示までされていたので、とりあえず手紙さえ渡せばどうにかなると考えた結果だ。
というか、もっと細かく言うとレェテの迫力に気圧された。
ちょっとでも余計な事したら殺す、みたいな雰囲気があったのだ。
これがそこらの探索者であれば「殺す? へぇ? ふぅん? できるんですか?」と煽ったりもしただろう。けれどもミーシャもここ最近の鍛錬などで多少なりとも強くなった事でか、何となく相手との力量の差と言おうか、そういったものがそれなりにわかるようになってきていたのだ。
レェテとクロノの二人の実力を明確に感じ取ったわけではない。けれども、ミーシャは即座に悟った。
「あ、勝てないな」
――と。
むしろこれを相手に勝とうとするとなると、何をどうすればいいのやら。
罠を沢山仕掛ける? 味方を増やす? 不意打ちを狙う?
何かもう何やってもダメな気しかしない。思いつく限りの悪逆非道な手段を用いても勝てる気はしないし、正攻法だとか正面からの正々堂々なんてのももっと無理。
ゴーシュに修行つけてもらってもっと強くなってから挑むにしても、一体どれくらい強くなればいいのかも未知数。そもそもゴーシュでも勝てるだろうか、なんてミーシャは思ったくらいだ。
そこらの探索者相手なら、この身体になってからはそうだが今は更に余裕で勝てると断言できる。
プリエール王国最強の騎士だったというシデン相手だとどうだろう?
あっさり勝てる、とは言えないがそれでもまぁ、勝ちの目がないわけじゃない……と思う。
だがこの二人にはそういうちょっと甘く見積もっても勝てる、とか言える気が一切しなかった。
そんな相手に声をかけて事情を上手く説明する、というのはミーシャには無理だった。
話の途中で相手に追究するようなツッコミがきたら、それらを上手く回避できる気がしない。
フレンドリーにいこうとしても、何かこう……それも逆効果な気がしてミーシャは何をどう言えばいいのか、という会話の導入部分すら掴めなかった。いや無理。あれもう完全に会話する気ないもの。話を聞く耳持ってるかどうかも疑わしいもの。
声をかけたからっていきなり殴ってくるような事はないと思うけど、相手の機嫌を損ねた場合どうなるかわからない、という厄介さだけは理解できていた。
だからこそ、ミーシャは何も言わず、ただとにかくルクスが書いた手紙を押し付ける事だけを目的にしたのだ。それだけならどうにかなると信じて。そしてどうにか相手の手に紙を握らせる事は成功した。
クロノがステラの旦那でルクスの弟だというのならそちらに手紙を渡す方が確実だとは思ったが、隣にいる従者然とした男の雰囲気に気圧された。そこはかとなくベルナドットに似た男。だがしかし放つ雰囲気はベルナドットとは似ても似つかない。
クロノに近づくよりは最初からこちらに接触した方がまだマシだろうと踏んでそうしたわけだが、それに関してはミーシャのファインプレーだった。
ここで何も言わずに、いや、言えずにクロノに真っ先に接触しようとしていたならば、間違いなくレェテは動いていた。その場合ミーシャの命は安全であったとは到底言い難い。
かつて、まだ単なる人であった頃の生存本能が上手い具合に働いた結果とも言えた。
基本的に運がないと思われがちなミーシャではあるが、こういう時の悪運の強さよ……
妙なところで運命の女神に好かれているとでも言おうか。この世界にそんなものはいないというのに。
ともあれ、ミーシャはどうにか手紙を渡す事には成功した。
成功したっていうか、それしかできなかったと言うべきか。
本来なら手紙を渡しつつこちらの事情を最低限話しておくべきだったのだ。詳しい話は万一スクリーンに映ると困るので休憩所の宿あたりにでも行ってもらえればどうにかなったと思う。けれどもその話をする事さえできなかった。ミーシャに根性がないとか話術がないとかいう以前の話である。
けれども手紙を渡す事には成功した。
まさか読まずに捨てるとかはしないと信じたい。
一応中身を確認して、その上で行動に出てくれるはずだ。多分。きっと。恐らく。
そうであれ、ととにかく念じて、ミーシャはそのままダンジョンへ――行くわけもなくそのままスタッフルームへとこっそり戻った。
あれがステラの旦那さんかぁ、とか思う間もない。
むしろお付きの人あれだけベルナドットにそっくりなくせになんであんな怖いの!? という気持ちの方が勝っていた。見た目はほとんど同じようなものなのに、ああも漂う雰囲気異なるって事、ある!? とミーシャは理不尽にもベルナドットに言ってやりたいくらいだった。
――というか、スタッフルームに戻ってから思わず言った。
それに対するベルナドットの反応は、まぁあいつ前からあんなんだったぞ、の一言である。




