消去法で合流
休憩所にて遭遇した女に手渡された紙を、レェテは何なんだ一体……という思いを隠す事なく面倒くさそうに開いた。折りたたまれただけのそれが、手紙だと気づいたのは勿論開いてからだ。
そしてそこには何となく見覚えのある文字があった。
文字が、というか筆跡が、と言おうか。いや確かに文字もそうなんだけど。
まずは正攻法で上を目指されたし。
詳しい話はある程度上に来た時点で。
皆で待っている。
そういうわけで我が最愛の弟よ、頑張れ。
たったこれだけの文面だが、レェテは内容を理解するまでにやや時間がかかった。
いや、文字が汚くて読めないとかではない。言い回しがやたら難解で解読するのに手間取ったとかでもない。むしろ簡潔すぎて誰が読んでも内容を理解できるとは思うけれど、それでもレェテの脳は理解を拒んだ。
けれども見なかった事にするというわけにもいかない。
だからこそレェテは主であるクロノにそっと手紙を差し出した。
クロノもその手紙に目を通し――
「当たりじゃないですか。外れだけど」
とてもわかりやすい感想だった。
そう。当たりだ。
今までの無駄足にしかならなかった異世界に比べてここには求める相手がいる。つまりここで合流して無事に帰ればもう他の世界に乗り込まなくてもいいわけだ。
だがしかし手紙を書いた相手の事を思うと大外れである。
せめて妻からの手紙がよかった。
もしくは息子。
そうでなくとも妻の友人でも可。
正直な話、妻の事を忘れたりはしていなかった。それは当然である。そして息子の事も一応覚えてはいた。
とはいえ、息子ももう後を継いでいるわけで、例え一人、何の後ろ盾がなくとも彼なら一人でも生きていけると思う程度には信頼もしていたし信用もしている。一応今の代の魔王が息子である、という点で、いつまでも戻ってこなかったらそろそろ次代の王を……という話が出た可能性もあるけれど、まぁそんなものは些細な事だ。
妻の友人を勿論忘れるはずもない。
妻と合わせて自分が蘇らせたのだから、流石にそれは覚えている。
むしろ彼からの手紙であったなら、もうちょっとこちらにとっても欲しいと思える情報を書いてあった可能性が高い。
ところでクロノはこの手紙を見るまで兄の存在をほぼ忘却していた。
仕方がない。向こうは何かやたらとこちらを溺愛してくるけれど、こちらからするとどうでもいいと思っている相手だ。むしろ何か鬱陶しいの最近見なくなって清々している、くらいの気持ちだった。でもそうだ、妻と一緒に巻き込まれていったんだった……どうしてそこにいるのが僕じゃないんだ……とも思う。まぁ一緒に巻き込まれていたのであれば、さっさと戻って来ていたのは言うまでもない。
あー、そっかぁ……妻に会えると思うととても嬉しいけど、そっかぁ、あいつもいるのかぁ……
テンションが上がりかけたのに何か一気に急降下した。プラスとマイナスが合わさって打ち消し合ってプラマイゼロとかならまだいいが、心情的にはマイナスに突入している。
妻がいたのがこの世界だという事が確定しただけでも良かった、と無理矢理思う事にする。余計なオマケもついてきているという部分は無理矢理考えないようにした。
だがしかし手元にこの手紙がある以上、嫌でもその存在がちらつくのは言うまでもない。
筆跡見て思い出すとかそれもどうなんだという話かもしれないが、単純に書類仕事とかで見る機会が多かっただけである。なんだかんだ兄の字は綺麗なので。
「で? 何、どこまで上を目指せばいいんですかねこれ」
「言うまでもなく最上階とかでは? 元々目指すつもりだったので今更でしょう」
「それもそうですね。正攻法で、とか言われてますけど」
「最上階で待つ、とは書かれていないので、どこか途中で合流はできると思うのですが……」
流石にダンジョンの中で待ち構えているとかはないだろう。
となると、こういう休憩所と呼ばれるどこかだろうか。
どちらにしてもこの塔の最上階を目指す事は塔に入る前から決めていた事だ。
さらっと天界に突入して創星神と会うつもりでいたので、その前に本来の目的が現れただけ。
手間が省けた、と考えてもいいはずなのだが……何故だろうか。釈然としなかった。
だが、まぁ。
妻には早いとこ会いたい。
最上階でなくともとりあえず上にいけば会えるというのであれば、進む事に否やはない。
塔に入った時点で薄々察していたが、とりあえず上に行くにつれて魔物も強くなるパターンのやつなんだろう。というか、ダンジョンの中は少しだけ懐かしい気配があった。
懐かしい、といっても完全一致するようなものでもない。
けれどもダンジョンの中は魔界と通じるものがあるな、とクロノは既に察していた。
この塔は数年前突如として姿を現したらしいという話もあるし、その数年前がいつによるかで何となくでも察せられるというものである。
だがもしそうであるというのなら――
「掌の上で転がされてる感じがしてとても不快ですね」
「…………否定はしません」
レェテも似たような事を思ったのだろう。なんだかんだ長い付き合いの従者だ。こちらの言わんとする事を即座に理解してくれるのは有難い。たまにその察しの良さにイラっとする事もあるけれど。
ともあれ、先に進むのは確定事項だ。
まだまだ入ったばかりだし、まだしばらく魔物も弱いのしか出てこないだろう。
ならばこのような場所でのんびりしている場合でもない。
特に疲れたわけでもないので、休憩所で少し休んでから……なんて事もなく、二人はそのまま先程手紙を渡してきた女が向かった扉へと歩を進める。
正直天井ぶち破ってすぐさま上を目指したいところだが、正攻法で、と念を押されるように書かれていたしそれをやると多分後が面倒になるやつだなと理解もしたので、とても癪だが言われた通り正攻法で進む事にする。
ルクスに「だから言ったじゃないか正攻法で」とか言われるのを想像すると軽率にブチギレそうになるが、ステラに「ちょっと事情があったから、手間でもちゃんとした手順で来てほしかった」とか言われたら申し訳なさが極まるので。
仮に想像上のステラのセリフをルクスが言っても殺意しか芽生えない。
この差は一体……と思うが単純に好感度の差だろう。
そういうわけで早速次のフロアに突入した二人は、やはりダンジョンの中だという事を忘れそうになるくらいにサクサクと先へ進んでいた。
途中で遭遇した魔物とかちょっと手で払っただけで死ぬような脆弱なのしかいなかったし、こんなところで足止めを食らうはずもない。
見物人たちの知るところではないが、間違いなく、今までにこの塔を訪れた者たちの中で群を抜いて攻略速度が凄まじかった。レェテが今いる階層の中全体に巡らせるように魔力を流し、次の階層へ行くための階段の場所をサーチしてほぼ一直線で次の階層へ向かっているので、当然と言えば当然である。
普通の探索者であれば宝箱とかを探すついでにあちこち移動するけれど、二人にとって別にそれらは必要のないものだ。ただ進むだけならそりゃあ早くもなろうというものである。
そうして階層主を倒し、次の休憩所へ辿り着き……を繰り返し、彼らは一日程で中盤階層へ辿り着いていた。
正直数日寝なくても、更には飲まず食わずでもまぁ行動するだけなら問題はなかったのでそのまま更に先へ進もうとしていたのだ。
だがしかし、これから先中盤階層になる、という休憩所のゴーレムたちもまるっこいフォルムのマスコットみたいなやつから人型の少女ゴーレムと呼ばれるようなものに変わったあたりで、二人は足を止める事になってしまった。
「お手紙お預かりしてまーす」
と少女ゴーレムに言われ、受け取って中身を確認してみれば、そこにはこの休憩所の宿にて待つ、の一言。
正直筆跡から無視してもいいんじゃないかな、という気もしたが、そういうわけにもいかない。
二人はそこで今まで集める流れになっていた魔物コインを換金して宿へと移動する。
いるのは恐らくルクスだろう、と思っていた。
だからこそまずは出会い頭に一発殴ってもいいんじゃないかな、とか物騒な事も考えていた。
しかしそういった考えは向こうにとってもお見通しだったのだろう。
「よっ、久しぶり」
宿に案内されて入った部屋にいたのは、ルクスではなくベルナドットだった。
すっ、と殴ろうとして構えていた拳をクロノはしぶしぶおろしたし、レェテはグーからパーに変えて、
「久しぶりとかいう以前の話だろう」
「いって!!」
殴りこそしなかったがチョップは炸裂させたのであった。
ちなみにクロムがこの場にいたのであれば、レェテは殴らなかっただろうけれどクロノが殴っていたと思う。手加減はするとしても。
「いやいやいや、いきなり酷くないか? 言っとくけどこっちだって異世界に召喚されたの事故だからな? 事故。戻れる方法があるならともかく、それも難しいからこそ大人しく救助を待ってたってだけで」
べしっとチョップを受けた場所をさすりながらもベルナドットは言う。一応手加減された事は理解していても、痛いものは痛い。
というか、こっちの世界に来てからそんな痛い目を見た覚えがないので、なんだかこういう痛みはとても久々だった。
「それで、なぜお前だけなんだ? いっそここに全員集まっていれば話は早かっただろうに」
「あぁ、うん。そうなんだけどな……ちょっとまぁ、事情がありまして」
事情というか茶番でしかないのだが。
流石に堂々と茶番です、とは言えないベルナドットはそこはかとなく言葉を濁そうとして……まんまと失敗した。
「事情、なぁ?」
さぞ御大層な事情なんだろうなと皮肉をたっぷり含んだ言い方をするレェテに、ベルナドットは早々に察した。
あっ、これおふざけが許される感じじゃなさそうだな……と。
だがしかし既に賽は投げられたも同然なわけで。今更なかったことにして引き返すわけにもいかない。
ベルナドットとしてもここで最初に二人に会うのはルクスだとばかり思っていたのだが、もしそうなっていたら二人が確実にこっちに攻撃仕掛けてくるから、とルクスは言っていた。
かといって絶対安全だろうステラを向かわせるわけにもいかない。その場合じゃあ目的は達成したしステラさん連れて帰りますね、とかやりかねない。ベルナドットとクロムはかろうじて回収されてもルクスだけおいていかれるなんてのは簡単に想像できてしまった。そんな事しないよ、とか気休めでも言えない雰囲気である。
そうして消去法でまだマトモに話し合いができそうだと言われてここにやってきたのがベルナドットだ。
クロムの場合はここでちょっと拳での話し合いになりかねない。流石にちょっと宿が半壊で済むようならまだしも、全壊するかもしれない展開はお断りしたい。
「あー、まぁ、話すと少しばかり長くなるんだが、とりあえず説明させてくれ。こっちがこの世界に来てから今までのことだ」
この世界に来てから十一年。
とはいえ、その大半は塔が出来てからほぼ探索者たちが悪戦苦闘するのを見ていただけのようなものだ。
長くなるには長くなるだろうけれど、思った程長くもならないだろう……と思い直してベルナドットは相手の反応を待たずに口を開いた。
多分、レェテなりクロノなりの反応を待っていたらまた話が脱線しそうになりかねないので。




