やりすぎちゃいました
「ギャァァァァァァッー!!」「グワァァァァァァッー!!」
ゴロツキAとBの悲鳴が、この薄暗い路地を切り裂くように響き渡った。
軽く小突いた程度のつもりだった。
それでもなお、二人の腕は肘関節とは逆に垂れ下がっている。
ゲッ! そう言えば、しばらくお酒を飲んでないからかなり力が解放されてるんだっけ!?
やりすぎちゃったよ……。
「死にたくなければさっさと消えろ」
声を低くして、脅しておく。
腕が折れている状態だ、逃げてくれると信じる。
ほら、男がピーピー泣いてるんじゃない!
「何だ、てめぇッ!」
ゴロツキCが戸惑いつつも、なんとか私のことを敵と認識したようだ。
何者かって質問なら、残念ながら答えられない。
ゴロツキ達も、答えが返ってくることなど期待していなかった。はず。
「クソッ。何者かなんざどうでも良い! ぶっ殺してから調べろ!」
ゴロツキAが必死に叫び、他の奴らも順応していく。
各々ナイフや落ちている瓶などを手にして、臨戦態勢を取った。
「三度は言わない。死にたくなければ消えろ」
まさか戦う気とは、こいつらの無謀さには少し恐れ入る。
「き、君ッ。あまり刺激せずに、逃げなさい!」
まだ居残っていたフランシズが、こちらも戸惑いつつも私を案じてくれる。
まぁ、そのセリフはこっちが言いたいんだけどね?
流血シーンでややショックを受けたらしく、ハピナが顔を青くしてフラフラと足の力を抜いた。
それをフランシズが受け止める。
倒れそうなのを支えて、守ってくれているだけ良しとしよう。連れて逃げて欲しいではあるが。
「てめぇらまとめて八つ裂きだぁ!」
怒鳴り散らしてゴロツキ達が向かってくる。
ダダダッ、ブンッ、スカ、ドカバキグシャッ――。
パタパタパタパタ――。
「これで四人、やれるのはあと何人だ?」
瞬間的にゴロツキCとDとEとFを倒し、残った奴らを脅かしてやる。
こっちとしては、攻撃を回避して強い目に撫でるような感じで反撃しただけだ。
死んでこそいなくても、骨折とかしてたら洒落にならない。正体がバレた時、正当防衛で済むくらいにはしておきたいんだ。
私は手加減しているようでも、周りで見てる奴らにはそうは見えないと思うけど。
ゴロツキ達にも、目にも留まらぬ早業で仲間が倒れたように見えたかもしれない。フランシズの目を丸くした表情が、そこで起こったことのおかしさを物語っている。
「まさか……本当に伝説の?」
金髪の保安隊員が、何かを察したように呟いた。
「ホントに、なんなんだてめぇッ!?」
それを直ぐにゴロツキGの怒声がかき消して、彼は無闇に突進を仕掛けてくる。
適当にハッタリをかますのもありか?
「犯罪者を裁く者」
私は僅かな間に、それをその場の皆に伝える。
刺突を軽くいなし、裏拳で背中をノックしたらぶっ飛んで行った。これだけで4~5メートルは転がるのだから、かなり制御が利かなくなっている。
何かを知っている様子のゴロツキAは、ここで戦意を失って顔面を青白くしていた。
ゴロツキBは、まだ頑張るつもりらしく転がっている拳銃へとヨロヨロ向かう。
「チッ……」
拳銃を手にされては、こちらも手加減仕切れない。
阻止しようとした瞬間、ゴロツキHが握りしめた瓶を振り下ろしてくる。
パキィーン――!
それを腕で遮り防御したが、ビシャッと中に残っていたかなりの量の液体が顔にかかった。
「さ、けッ……これは? クソッ!」
その匂いは、紛れもなくお酒だ。大して強くない安酒だが、腕だけでは吸い切れずフードをじっとり濡らすくらいの量はある。
私はゴロツキHを蹴り飛ばして、直ぐに回避行動を取ろうとした。
しかし、私のちょうど後ろにフランシズとハピナが居る。
避けられない。ならばと転がっていたブリキのゴミバケツを拾い上げて盾にする。
せめてもの抵抗だった。
衣装に穴が空かなければ良いんだけど……。
「死ねぇぇぇぇぇぇッ!」
ゴロツキBの叫びに続いて、銃声が二発轟いた。
ガンッ――。
一発はゴミバケツをギリギリで貫通せず、私は無傷で済んだ。たっぷりのゴミ達に感謝だ。
しかし、もう一発はゴロツキBの拳銃を砕いていた。
どこからッ?
周囲を見渡すと、私達の側面のある建物。その非常階段から扉の向こうへ消えるスーツの後ろ姿があった。
揺れる長髪や服の色合いは見覚えがある。
間違いなくジョセフだ。
「ジョセフ……。あの距離で、拳銃に当てたのかよ?」
銃を撃った際に、腕が跳ねる分まで計算して射撃するなどどれだけ化物なのか。
声に出してしまったが、幸いにもフランシズ達は気づいていないようだ。ゴロツキBの悲鳴の方が大きいくらいだろう。
「て、手がッ。両手がッ!」
腕の骨折に手の断裂と、一番酷い怪我を負っている。
保安隊の駆けつけてくる音もしてきたので、私は早々に退散することにした。
「今回はこの程度で済むが、次はないと思え?」
猶予はないぞとゴロツキ達を脅して、私は非常階段へと跳び登って行く。
酒の匂いが残っているせいで一段ずつ。踊り場の錆びた柵に掴まり、なんとか登っていく。
階段を駆け上った方が早かったか?
「待て! 君はッ……?」
伝説の殺人鬼切り裂きジョーかと聞きたかったのかもしれない。
けれど、フランシズはそこで言葉を噤み、ただただ私を見送るだけだった。
しかし、本当に今回は危なかった。
私は、力を抑えるためにお酒を少し嗜むが、実はそれほど強いわけじゃないんだ。意外だと思うかもしれないけど、ワンショットグラス一杯で酔っ払う。
度数45%くらいなら完全に酩酊する。
一回、前後不覚になるだけ飲めば、一週間は力の半分も出せなくなるだろうか。
「このまま帰るのは辛いな……」
また、寄宿舎の部屋へ窓から侵入するハメになる。
しかし、このままでは酒の匂いが残り過ぎていて、飛び上がることができなくなっていた
どうしようかと思った瞬間、一つのヒントが舞い降りた。
あそこがあった。
「あ、ジョセフの……えっと、東側はあっちか」
私はビルの屋上から街を眺め、南東へと戻る方向へと進み始める。
人の目につかないよう、なんとか屋上と物陰を伝って目的地へ向かった。
それは、『ラブズ・アンド・ベリー法律相談事務所』だ。今、頼れる場所なんて正直そこぐらいしか思いつかなかない。
頼ってはいけないのかもしれいないが。
いや、こうなったら背に腹は代えられない。
「昨日の今日で頼ることになるなんてなぁ……」
可愛らしい看板に隠れ、事務所の中を確認する。
ちょうど帰ってきたジョセフの姿があった。扉を閉め、窓際へ来たかと思えばガラス戸を開いた。
上に半分がスライドするタイプの窓なので、ジョセフだと上半身を出すのも大変だ。
私が少し余裕で滑り込めるくらい。
「……」「フッ」
私は、沈黙を保ちその意図を推察する。ジョセフは手を窓から出して、軽く笑みを浮かべる。
私に飛び降りて、窓から入り込めということらしい。
そりゃ、こんな格好じゃそこぐらいしか入り口がないけどさ……。
私は逡巡の後、出された手に向かって跳んだというか落ちた。
手を掴み同時に、壁に足を掛けてブレーキ。
ドンッ――。
それなりの音だったが、そのまま引っ張り上げて貰う。男にしては細身かと思ったが、存外と力強い。
「こんなところから会いに来たがるとはね」
「チェッ。さっきの件からして、私を誘ってたくせに……」
さっさと手を離して、部屋の中を見渡す。受付部屋の扉と、もう一部屋への扉がある。
身を隠すよりも早く、受付の青年が声を掛けてくる。
「先生、今の音は? 何事ですか?」
壁に足を着いた時の音を聞き取られたみたいだ。
「なに、酔っぱらいが壁を殴っただけだよ」
「そうですか。では、何かあればお呼びください」
青年は納得して受付へ戻った。
酔っぱらいとは言ってくれる。
「そっちは手洗いだ。匂いを取り給え」
勧められずとも、私はもう一つの扉を潜った。
酒臭さを取らないと寄宿舎へ帰ることもできない。
切り裂きジョーの衣装、ついでに下に着ていたワンピースも一緒に洗う。
「今日はもうクライアントも来ないから、ゆっくりしていくと良い。後、これは上着とタオルぐッ……」
勝手に扉を開き、スーツの上とフワフワの布を差し出してくる。
ありがたく受け取って、扉はパンプスで蹴って閉めておく。一緒に何かを挟んだ気がするが、無視だ。