有利な取引
市議の娘とは言え、寄宿舎暮らしを1~2年もやっていれば一般的な生活方法は身につく。
ゴシゴシ、ギュゥゥゥゥッ――。
服を手洗いして、絞ったら干す。
おっと、簡単なご飯くらいなら自分で作れるからな?
普段は必要ないけど、
「寄宿舎に入った直ぐは、いろいろと一人でやらなきゃいけないから大変だったって。ハピナが苦労してたっけ」
今ではこの通り、市民のそれと変わらない。
私は昔から一人でやっていた分、自分で家事をしなくて良い暮らしの方がビックリだった。元々、教えてくれる人なんて居なかったから散々だったが。
「私は、あの家での方が落ち着かなかったなぁ」
一人で昔を思い出し、クスクスと笑う。
洗濯物を終わらせ、私は便器の蓋を下ろして座った。
服が乾くまでの時間は無いまでも、マシな程度には水気が切れてくれるだろう。それまで、ここで待つしかない。
ハピナ達の安否が心配ではあるものの、焦って動いても保安隊や寄宿舎の人間に疑われるだけだ。
ここからでは、小さな換気窓ぐらいしかないから脱出不可能。
猫ならなんとか、給水タンクのパイプを伝って行けるか。
暇を持て余していると、木製ドアがノックされる。
「出てきたらどうだ? そんなところでは、ロクに会話もできない」
酷く聞き取りづらい声になっているため、扉に近づいて寄りかかった。
暇を潰す名案ではあるものの、それには問題があった。
「こっちはほぼ素っ裸だぜ。目隠しでもしてくれるなら、ここから出てやるよ」
気持ちの良い綺麗な肌でも、人に魅せるための下着でもない。恥ずかしいではないか。
って、何を考えてるんだ!?
「目隠しぐらいいくらでも。ほら、これでどうだ?」
どうだと言われても、出ていって見なければわからない。
扉を開けば、確かに適当な布で目を塞いでいるジョセフがいた。
私は外へ出た。
「本当に、見えてないんだろうな……?」
恐る恐る進み出て、腕で胸を隠して前屈みになる。せめてもの抵抗である。
貸してもらった上着なんて、あってないようなものだ。
「見えていないよ。これで、漸く普通に取引の話ができるな」
「取引?」
ジョセフが突如として言い出したセリフに、私は訝しげな表情をする。
なぜ私達だけの争いに顔を出したのか。露骨な誘い出し方をしたのかと思えば、この目的があったかららしい。
「そうだ。アルシャ=カンポ、俺は君を手に入れたい。そのため、助けたんだからな」
二度も助けてくれたという部分は、交渉の材料に入っていないということか。
しかも、私を一人の人間として欲しいと言っている。
「私の体と引き換えに、ジョセフ……さん。あんたは何をくれるってぇんだ? 今後の手助けか? それとも金か?」
正直言って、どちらもいらない。
手助けの件については、少なからず期待できるかもしれない。しかし、私の体はその程度で売れるほど安くない。
取引自体が、私にとって正しいかさえもわからないのだから。
「ジョセフで良い。さて、その言い様だとどちらもいらないか。欲しいのは、確証かな」
私の考えを読んだかのように、ジョセフが言う。
「なんだよ? まるで、私の何もかもを知っているみたいな……」
最初の時に見せた、鋭い洞察力やハッタリではない。
私の未来視に近いが遠い、何らかの確信がある言葉だ。
「アルシャの力については見させて貰った。もしかしたら、だが……他にも何かを隠しているのだろ?」
「……言っても信じないよ。それを証明するためには、ジョセフの秘密を話さないといけなくなる。それはお互い、拙いことだ」
「俺が、犯罪者ギルドのボスだという話か?」
「ゴホッ。は、はぁッ? なんで、それを言っちゃうのッ!?」
まさか、そんな重大なことをあっさりと暴露されるとは思わなかった。
私から秘密を聞き出すため、先手を打つにしたって躊躇いがなさすぎる。
今、ジョセフは市に任命された弁護士としての立場を脱ぎ捨てた。
「なんと言えば良いんだろうな。物心が付いてから、ここぞという岐路や出会いにおいて、既視感を覚えることがあるんだよ」
そしてまさか、似たような力を持っていた。
「幹部候補などの重要な人物に出会うときが強く現れる。そして、アルシャと最初に出会った日からその感覚が強くなっていった」
私を取り入れることに、なんら迷いがないことを証明した。
全てを話した上で、対等に取引をしたいというジョセフの覚悟なのだ。これに報いることが、私にできるのかという問い。
「あ~ッ! 先手、先手を取られるのはそういう理由かよ!」
「簡単に呑み込むんだな。アルシャも、同じ力を持っているということか」
ついつい、カッとなって喋ってしまうが、お見通しだったようだ。
ジョセフの勘が鋭いのもあるが、私が何かを隠すのが苦手って可能性も大きい。
「……多分、一定の時期までは私の方が上だよ。そうだな、保安隊がジョセフの取り仕切ってる密造酒工場にガサ入れする日まで。ほら、街の東にある」
私も、腹を割って話すことにする。
隠しておいた方が切り札になり得るのだが、今取引の材料にするのは公平じゃないと思った。
隠しきれる心境でもない。
「なるほど、なるほどッ。オッケー、これでお互いに対等というわけか!」
口元だけを見れば、ジョセフは笑っているように感じる。大仰な身振りも喜びのように見えるが、私の心証としては胡散臭い。
だからと言って、目隠しを取らせるつもりはないが。
全く、人をおちょくっているのか本気なのか、わからねぇ奴……。もう少し私の気持ちも考えろよ……。
「話を最初に戻そう。こちらからアルシャに与えられるのは、完璧な二つの顔。それから、俺だ」
「ッ~……」
最後の一言は反則だ。
目隠しさせていなかったら、全身まで紅潮していたのが知られていた。
声音で気づかれている可能性はゼロではないが。
「ふ、二つの顔ってぇのは、どういうことだ?」
私は聞いた。
「一つは、市が保証する弁護士お墨付きの、一般人としての顔」
ゆっくりと、諭すようにジョセフが答えていく。
『市』は、『国』を除いて自治を認められた中で一番上の地方政府である。その第二位の政府が、私に法的な保護を保証するということだ。
市議の義娘という、行政面でも高い庇護がある。それに加えて、だ。
「二つ目は、裏の社会での立場の顔だ。アルシャを、犯罪者ギルドの副長に据える」
「へッ?」
続けざまにとんでもない提案をされて、私の脳内はショート寸前になっている。
「これだけで驚いて貰っては困るな。俺は、犯罪者ギルドは国家政府の裏へと入り込む」
とんでもない計画が、ジョセフの口から飛び出してきた。
おいおい、スケールがでかすぎるだろ!
ルイヨーカー市の政治に食い込めたからって、少し調子に乗りすぎだ。
しかし、この男ならホントに……?
「そのためにも、アルシャの協力が必要なんだ。力だけではなく、俺達の未来へつなぐためにも」
ジョセフであれば、それが可能な気がした。
熱弁を振るう姿を見ていると、荒唐無稽な目標にすら届き得る確信を感じた。
「どうだ? 俺と一緒に国を手に入れようじゃないかッ。そうすれば、アルシャが守りたいものを全て守れるぞ!」
保証された一般人の姿と、最高位政府の肩書を持つ犯罪者。
それを、私の体一つで手に入る。いや、心も売り渡す必要がある。
うぅん、既に心は……。
「力だけじゃなくて、全てが手に入る……?」
中途半端だったから、自分も親友も、誰も守れなかった。
今度という今度こそ、ハピナ達を守り切れるという確証を手に入れられる。よっぽど下手を打たなければ、彼女らを悲しませることもない。
後は体一つで決まる、有利な取引じゃないか。




