父娘がガガガガ
《順番に状況を報告しろ》
《筋肉隆々の不審な男が》
《ちがう》
《中田と名のる不審な男が》
《ちがう》
《点々と生肉の破片が》
それだ!
護送車内の全員が叫んだ。偵察部隊の指示にしたがい、護送車が城下町を疾走する。生肉の途絶えた倉庫街の入口に到着すると、しきるは護送車から飛び降り、倉庫街のなかを駆けた。シャッターが上がり、なかからの光で、路地が明滅している倉庫があった。駆けより、なかに飛びこんだ。宝石を散りばめた意味のわからない中型の平トラと倒れた馬。だらしない体の全裸中年と、やたら体の引き締まった禿頭に白い口髭の小柄な老人。あたりに散乱した生肉。そして奥に紙袋を握りしめて座り込んでいる、愛しき父親――ガサツがいた。
すぐにもガサツと絡みたかったが、しきるはあまりの不可解な状況に、しばらく思案した。
「魔法の国の元首と宰相です」
追いついてきたペルソナーレがそう告げてきた。
「だ、誰……」
だらしないほうの裸――元元首が、子供のような口調で誰何してきた。
「魔王だ。お前には関係ない」
面倒くさい。しきるにとっては、それしかなかった。ガサツらしいと言えばガサツらしかったが、この短時間で余計なものが増えている。その印象しかもてなかった。
「魔王!?」
だらしないほうの裸が、しきるをにらみながら立ちあがった。
「渡さない。この国は渡さないぞ」
ペルソナーレがしきるの前に出た。
「何を勝手に。城を放棄しておいて、どの口がぬかす。それに現国王は、この方ではない。この私、ペルソナーレだ」
だらしないほうの裸が、しきるとペルソナーレを交互に見る。結局ペルソナーレに視線を定めた。
「とにかくこの国を渡す気はないから」
魔力がふくらんでいる。
だらしないほうの裸。
仕方なくかまえた。
戦闘になるなら、一撃で戦闘不能にする。しきるの脳裏には、それだけだった。
ガサツが、膝立ちになり、自分を見つめていることに気がついた。
「パパ」
「しーちゃん、魔王になったの?」
魔力のふくらみが止まった。だらしないほうの裸がガサツをふりかえっている。ガサツをしきるを交互に見、しばらくして横にはけた。
「なった。嬉々としてなった……」
嬉々としてなった。
どの家族にも、合ったらそう言うと決めていた。
ガサツが眉をよせうつむき、しばらくして、ふたたび顔を上げた。
「あとは、何があるの?」
「ああ」
わずかな失望が、しきるの心をよぎった。ガサツに近づく。
「そんなこと言わないでパパ」
そう言い、膝立ちのガサツを抱きしめた。坊主頭に顔をうずめ、目をつむり、息を吸いこんだ。ガサツの野性的な匂いがしきるの体内を満たし、安堵に、心が充足した。
「私には肩書が必要だけど、ぶれることを知らないパパには、そんなもの必要ない。そのままで十分素敵よ……」
「しーちゃん……」
「私ね、ずっとパパのことうらやましかった。いつでも自分の思い通りにふるまうパパが……この世界の魔王になってわかったの。うらやましくて……そしてねたましい。だからねパパ」
ガサツの坊主頭に顔をうずめたまま、腰のメガホンをにぎる。
高く、掲げた。
「私の精神衛生上の健康のために……」
目を開けた。
体を引く。
後ろ足。
地面を踏みこんだ。
「ぶっとば」
振り下ろしたメガホンがとまっている。
前腕。
さえぎられていた。
脳に激しい衝撃が突きぬけ、視界がなくなった。無理矢理目を開ける。コンクリート。天井照明が見えた。後方に吹き飛んでいる。背中が何かにぶつかった。頬を撫でる銀の髪。アパチア。そんなに飛んだのか。ぼんやりとそれだけを思った。倉庫の入口まで飛ばされている。体の自由が、きかなくなっている。地面に両足がついたが、まっすぐ立てない。
喜びがこみ上げた。
喜びに叫びだしそうになった。
「パパ。パパ。パパ」
ガサツに突っこみかけている黒いマントが視界に入った。今度は憤怒がこみ上げた。
「手ェ出すなァ豚野郎ッ!」
黒マントが立ちどまり、振りむく。
「豚……」
体。
もどりつつある。
もどった。
両足で地を蹴った。腰の黒鞘。柄を引きぬく。これにふさわしい。パパ。さすがパパ。体をかがめ、疾走し、直前で急停止して、光り輝くタクトを振りあげた。
前腕。
赤い線。
ガサツがおそるおそると言った様子で自分の前腕をのぞきこむ。そして前腕に走っている赤い線を見て、目を見ひらいた。
「やだ何? 痛い、やだ痛ーい!」
ガサツの姿がぶれる。
認識が終わるまえに、ふたたび意識に強い衝撃が走った。
顎。顎か。わずかにそっていたため、制御にまで支障は出ていない。閉じかける両まぶたを全力で押しとどめ、体をかたむけ、背中全体で天井に衝突した。体内活性を噴きあげ、そのまま空中でとまる。
「こい! ガサツ! 飛べるだろ! 来い!」
ガサツがぼんやりとしきるを見上げている。体内活性を突っこめるだけタクトに突っこみ、大きく後方にふるった。倉庫の天井が鈍い音を立て、タクトが突きぬける。風が吹き込んできた。
「来い! この裸野郎!」
ガサツが、視線をしきるから天井の穴へとうつし、ふたたびしきるにもどし、それから、顔に笑みを浮かべた。
「裸! この野郎!」
「YES!」
裸が、大きくうなずいた。




