ドナ・スカーレットの諦念
「時間のむだね」
そう言って、ドナは魔法の国正規兵へ、ゆったりと微笑んでみせた。
「諜報部隊の指揮官が、口を割ると思う?」
ドナ・スカーレットか。誰かがつぶやいた。
「そうね。一つだけアドバイスしてあげる。消すなら、跡形もなく消したほうがいいわ。私の体には、爪の先にまで情報がつまっている。皮膚一欠片でも残せば、どんな情報がもれるかわからないわよ」
ピーターに自分の死体を見せない。
見ようとしても、もうない。
それだけが、ドナの最後の希望だった。
兵たちが話しあっている。やがて一人の兵が前に出てきた。五指を広げ、ドナにむけて突きだしてきた。
「『普通のすごい火炎』」
炎が体をなでる。
すぐに燃えうつり、全身をおおいつくした。肉の焼ける臭いがあたりに充満し、兵たちが、口をおおい、顔をそむける。おい、もういいだろという声をかけられ、魔法を放っているものが手をおろした。魔法が途絶えても、すでに体をおおいつくしている炎は、消えることなくドナの体を焼きつづけている。体が、物のように躊躇なく地面に倒れこみ、はねた。これからどうする。兵たちが話している。斬撃をもっているものが、顔をしかめ、兵の輪から後じさる。追求する兵はいない。消滅系が、誰かいなかったか。顔を見あわせている。答えるものはいない。
ドナは、背後の木陰からゆっくりと前に出た。
「なんて言ったらいいのかしら。あぁ、こう……そうね、自分の死体を見るというのは、あまり気分のいいものじゃないわね」
兵たちが一斉に振りむく。
それぞれが、一度、背後に倒れている死体に目をやったが、すぐむきなおり、構えてきた。
ダガーを抜き、兵の輪にむかってかける。魔法を使うことに躊躇をみせた斬撃の兵が、先に前に出てきた。
「『普通のすごい斬撃』」
正面の兵の胸へダガーを突き立てる前に、ドナの体は、胴のところで二つにはなれた。
すぐさま、林のある斜面の上から飛び下りた。
同時に、建物の陰からも、自分が姿をあらわしている。
幕舎の通路からも、何人かの自分が歩み出てきた。兵たちが、互いを背にして、全方位にむけて武器をかまえる。かまえながら、おびえた表情で、せわしなく、複数のドナへ順に視線をうつす。
ドナたちが一斉に飛びかかった。
「『子守唄』」
すぐさま飛びのく。
はかったように同じ姿勢で膝を折ると、兵たちは、花が開くように外側へとうつぶせに倒れた。すべてのドナが、銀色の光に包まれ、しばらくして銀色の光そのものと化すと、やがて光の粒のあつまりとなり、わずかに上昇しながら、大気中に霧散して消えた。
頬杖をついて様子をながめていた木の上のドナが、長くふかいため息をついた。
「はあ、これ。ねえ、一体どういう仕組みなの? 何がどうなって……ねえ、体内イマジンがすごくなくなってるわ。それから、体がすごくだるいわ。どうにかならないかしら」
「こんな時でも、あい変わらずよくしゃべるの。助かったんだから別にええじゃろ。細かいことは」
「そうね。ありがとう。リゴール、その、本当に助かったわ。ところで、私ね、もういいかなって、今思ってるの」
リゴールが、ドナへ顔をむける。
「何がじゃ」
ドナがふたたび深い溜息をついた。
「あのね……きっとリゴールにはわからないわ。だって……ああ! あの大喜利!」
急に顔を上げ、ドナがぐるぐると目をまわす。
「とても私には思いつかないもの! 汚れでもいい。でもそれはね、自然にまかせることにしたのよ。ねえわかるリゴール」
何を言っとるのかさっぱりわからん――そう言い、今度はリゴールがため息をついた。




