朕、雨に打たれて、なおかつ丸出しで
朕はどうしてしまったのだろうか。ティアラノはぼんやりと自問した。全裸だった。ただの全裸ではない。一生つづく全裸。パンツまではぎとられて、雨のなか、大臣たちに放りだされた。
ダメッダメの、ダメ朕で……。
朕はダメ男です……。
今思えば、動物をはべらせていたのも、意味分からないし、キモいです。キモくて、すごいキモくて、キモすぎてすごい、もう、どのくらいかと言うと……
「いい歳こいてこんなところでマッパで寝てると、凍えちまうぜ」
いい歳こいてマッパで寝ている――あらためて、自身のダメ朕ぶりを形容され、ティアラノのモチベーションはさらなるディープゾーンへと転落した。
「ほら」
声をかけてきた男は、そう言いながら、ティアラノの背中に手をあて、体をゆすってきた。体をゆすられるのは悪くなかった。もっとゆすってほしい。ティアラノは思った。意識も体も人生も、溶けあって何が何だかわからなくなるまでシェイクしてほしい。しかしシェイクの時間はすぐに終わり、両足首をつかまれた。全身が動きだした。背面全体に激痛が走った。石畳にこすれてる。すごい痛い。しかし、声を出したら負けだった。声を出すということは、モチベーションを表明するようなものだ。ないのだ。前も後ろも、過去にも未来にも行きたくない。指一本どころか、思考一ミリも動かしたくない。ティアラノは痛みに耐えた。
「痛いって」
五秒ほどで限界がきた。
「仕方ねえなあ」
男はそう言うと、肩と腕を持ち、体をあお向けに寝返らせてきた。雨が顔にあたり、まぶたがピクピクした。両前腕をつかまれ、上体をひきおこされた。
「抜ける。腕抜ける」
さらに引っ張られ、何か、がっしりして、ざらざらした布の上にのせられた。しばらくして、それが男の背中だと気がついた。何この人。朕をどうしようって言うの。朕は、朕は……。朕をどうにかしても……何の徳もないのに……。
しばらく男の背にゆすられ、きしんだ音がして、やわらかいものの上におろされた。どうせ空き家だ、と男が言った。いつの間にか、体を打つ雨がなくなっていて、さあさあという音も、ずいぶん小さくなっていることに気がついた。
「ほら」
ひざの上に、かたまりがのせられた。布のようだった。無駄だ。あれ刑の一生全裸魔法は朕自身が作り上げたのだ。ティアラノはそう心のなかで独りごちた。その継続性は、ティアラノ自身が一番よくわかっている。
「ほらって。風邪ひいちまうだろ」
布がまきつけられる感触があった。即座に布の感触が消え、同時に男のおぶ、という声がきこえた。
「What’s Happen!? どうなってんだ!?」
しかし五秒ほどで、まあいい、という男の声が聞こえた。
五秒。
心のなかに何かがめばえた。
朕を……この、ダメッダメッ裸朕を、たった五秒で……。
受けいれてくれた……?
「じゃあこれはどうだ。気つけにやんな」
手に、何かのビンを握らされた。ただそのまま握っていると、腕を掴まれ、口元に先端をあてがわれた。そうして、ビンのなかの液体が口のなかに流れこんできた。
アルコール。
すぐさま振りはらった。
すぐさま胃が暴れだし、強烈な不快感が体中をおかした。たまらず、ティアラノは目を開けた。床にすわりこむ。姿勢をたもてず、うずくまった。しかし五秒ほどで、バケツが顔の下に差しだされてきた。
五秒。
朕、Now、Reversing――。
「すまねえ。酒はだめだったか。悪かったな」
五秒。
別に早くなかった。普通だった。
リバースしきると、ティアラノは床に横たわった。男が、布で口をぬぐってきた。 体は不快感に侵されたまま
だったが、男の献身さに、心の底が温まり始めていた。ようやく、ティアラノは男へ視線をむけた。カーキ色のマントを頭まですっぽりとかぶっており、顔つきはほとんどわからない。ただ、頭をおおったフードの額の上あたりが、大きく前に突き出ていた。なかにつばつきの帽子でもかぶっているのかと思ったが、それとはちがうようだった。ティアラノの視線に気づいたのか、男がフードをとった。髪だった。
「別にやましいことがあって顔を隠してるわけじゃねえんだ。リーゼントが崩れねえようにしてるだけよ」
男はそう言って笑うと、ティアラノの前に、あぐらをかいて座った。
「それにしても、どうしてあんなところで寝てたんだ? いや別に、言いたくねえなら、言わねえでもいいけどよ」
「パンツを脱がされて、城を追いだされた……」
言ってから、しまったと思った。大導師だと知られれば、またひどい目に合わされる。しかし、男はふうんと返してきただけだった。
「城ってことは、国政をやってたのか?」
ティアラノは、元々小さい声をさらに小さくして、一応、と返事をした。男が、国政か、とつぶやく。しばらく会話がとだえた。重苦しかった。重苦しさに耐えきれず、ティアラノは自分から口をひらいた。
「あなたも、朕を責めるの」
それを聞くと、男は苦笑いを浮かべ、おおきく手をふった。
「責めねえ責めねえ。俺には、責められねえ。なんせ俺は、国政を放りだしてきちまった男だからな」
男も同じだった。ティアラノは安堵に胸をなでおろした。
「動物たち、どうしてるかな……」
ふと、そのことが口をついた。男が興味をしめしたように視線をむけてきた。
「動物飼ってたのかい。何飼ってたんだ」
「飼ってたのとはちがう。種類は、すごくたくさん。あひる、きじ、うま、かえる、かっこう、やぎ、にわとり……」
男が目を丸くする。
「それはまた、That’s awesomeだな。大家族じゃねえか。城に、おいてきちまったのか?」
ティアラノはうなずき、そしてうつむいた。
「でももう、朕はダメ朕で、どうしてあんなにはべらせていたのか、もう、今じゃ全然わからない。動物をならべて、何がしたかったのか」
しばらく、沈黙がうまれた。
ふと、顔を上げると、男の腕が、ふるふると震えていた。
「なんだって、おっさん」
顔を見た。両目が、光を放っていた。
「わからねえ。なんでこの世に、たとえ動物とは言え、てめえの家族をExplainするときに、はべらすなんて単語をつかうFuck’n mouthがあるんだ――」
「家族……そういうのはあんまり。朕の部屋に入るのを嫌がったから、全部馬の飼育係にあずけちゃったし……」
「Fuck’n Shut up!」
男は突如立ち上がると、背をむけ、壁へむかってアルコールの瓶をなげつけた。激しい音を立てて瓶が割れ、赤いアルコールが周囲に飛びちった。ティアラノは泡をふき、失禁した。
「男にはよ、どんなボロクズになっても、想いを曇らせちゃあいけねえもんがあるんじゃねえのか」
背をむけたまま、男が語りはじめた。あまりの衝撃に、ティアラノの耳には、意味が何も入ってこなかった。
「ファミリー。ステディ。あんた、好きで動物たちといたんだろう」
返事はできない。衝撃で思考が硬直し、言ってる意味すら理解できない。首だけで、男がふりむいてきた。そして、ティアラノの粗相したものをしばらく見つめ、ふたたびむこうをむいた。
しばらく黙っていた。
「じゃあ好きでいたとして」
そして小声でそう言った。そしてふたたび、今度は体ごとふりむいてきた。両目がまだ光っている。
「おっさん、あんた、何かにくじけたからって、その想いまで否定しちまうのか」
そう言いながらまたむこうをむいた。
ティアラノはすこし落ちつきを取りもどした。ようやく、男の言葉が、頭になかに入ってきた。
だが途中からで文脈がわからなかった。
「人ってのはよ、おっさん。想いなんじゃねえのか。人が生きるってのは、想いをとげるってことなんじゃねえのか」
まあ、それはそう。ティアラノは思った。男がふたたび振りむいてきた。両目が依然光っている。身振り手振りでせまってきた。怖すぎた。怖すぎるので、とりあえずうなずいた。うなずくと、男は動きをとめた。両目の光が弱くなりはじめた。ティアラノは心の底から安堵した。照れたような表情になった男は、人さし指でリーゼントを軽くなでると、ウィンクし、ドアのほうへむかった。そしてドアの前で一度立ち止まると、驚かせてすまなかったな――そう言って、ドアを開け、雨の路地へと出ていった。
*
――人ってのはよ、想いなんじゃねえのか。
上からも下からも出力したティアラノは、体の芯に、やや力がもどったのを感じていた。雨のなかを全裸で歩きながら、先ほどの男の言葉が、くりかえし、脳裏をよぎっていた。
「うわっ、裸がもう一人きた!」
路地を曲がったとき、そう子供の声がした。前方、数人の子供が、全裸の老人をとり囲んでいるのが見えた。
禿頭に白い口髭。
小柄ながら、鍛えあげられた鋼のような体。
ミニスト。
ティアラノを見て、目を見開いている。口を開き、何か言いかけた。大導師――しかし、声には出さなかった。
「はだかは退治だ!」
子供たちが口々に叫びながら、人さし指を突きだし、駆けよってきた。
「『水かけ魔法』」
尋常ではない速度で噴きだされた水が、ティアラノの肌を打った。くりかえし打たれた。痛。すごい痛い。ティアラノは心のなかで叫びながら子供集団を迂回しようとしたが、逆にとりかこまれた。
「『水かけ魔法』」
「『水かけ魔法』」
「『水かけ魔法』」
やめて。激痛でのたうちまわった。やめて。やめおぶっ。顔と股間が集中的にねらわれはじめた。両手でかばうが、その手の甲が耐えられないほど痛い。怒りと闘争心が急速に立ちあがった。子供だからというタガは、怒りと闘争心の前にあっという前に外れた。
「ずずずい――おぶっ。ずずずい――ずずおぶっ。ずい――ずずずず、ずい――」
両肘を左右へ突きだす。体を上下させながら地面をけり、その場での転回をくりかえす。
「ずずずい――ずずずず、ずい――」
「『ずずずい』」
「見ろよ、おっさん踊りだした。腹の肉が……あ、あれ?」
子供たちが自分の指先を見つめる。何度かティアラノにむけなおすが、それだけだった。
「あれ……水がでなくなっちゃった……」
「散れ……魔力だけじゃなく……夢も希望も吸いとってしまうぞ……」
踊りながら、頑張って声を張った。
「バカかおっさん。キモッ。こんな国に、元々夢も希望もあるもんか。バーカ。裸!」
子供たちは水たまりの水を手で救い、投げつけてきた。
「あ! あっちのおっさんも同じキモダンスを!」
「着衣ずずずい――服ずずずい――」
「『ずずずい』」
「イヤー! 痴漢ー! イヤー!」
「は、はだか二人が、服を! 俺たちの服を! はだかこの野郎!」
女児が体を抱きしめてうずくまった。
「着衣ずずずい――服ずずずい――」
「み、見る間に、術菜ちゃんの着衣が……もっとここに、この状況にとどまっていたいが……今後の術菜ちゃんとの関係性を鑑みてここはおとなしく退散だぁ」
男児たちが、わずかに残った自分の衣服のきれはしで女児の体をおおうと、おぼえておけと捨て台詞をはきながら退散していった。ミニストを見つめたまま、ティアラノはおもむろにステップをおさめた。ミニストも、ティアラノを見つめながら、おもむろにステップをおさめた。
「大導師様のずずずい、寸分の衰えもなく、このミニスト安心いたしました」
どうしていいのかわからずに、ティアラノはその場に立ち尽くしたまま、ただ、ミニスト、とつぶやいた。




