しきるちゃんの!『バカしかいない大侵攻』
視界のほとんどを、灰色の体と、兵たちの黒い鎧がうめつくしていた。
五〇〇の飛獣。
灰色の、無毛の体の上に、巨大種の兵が数名ずつのっている。
そして、自主飛行する、余剰兵力、二万。
しきるの頭上を埋め尽くし、まるで魔界の空のような薄暗さを、しきるにもたらしていた。
魔界に、兵は残していなかった。城は、そもそもない。もし魔界をとられたら、また取り返せばいい。それぐらしか考えていなかった。
「コンタクトに換えてくる」
衛兵にそう言い、船内に下りた。
コンタクトにつけかえると、しきるは鏡のなかの自分を見つめた。目に、猛りくるうような感情が見えた。喜びがこみ上げた。悪魔。魔王。その響きだけで、死んでもいいと思うほどの喜びが、何度でもこみ上げた。制御できない衝動が心を支配するのを、心を支配し、悪に邁進するのを、もう一人の自分で、ただながめているだけのような気もした。
ふたたび、甲板にもどった。
頬を、髪を、風が吹きぬける。
わかっていた。
どこまででも、やれるわけではない。
一人でも殺したら、地球にもどったのち、まともな人生を送ることはないだろう。この世界だけのことだとしても、残念ながら、それで割りきれるほどずぶとい神経は持っていないことは、自分でわかっている。
それでも、だめだった。
どうにもならかった。
いつまで魔王でいるのか。
どこまで、悪で進めるのか。
何もわからなかった。
ただ、猛りくるう衝動だけが、しきるの心を支配していた。
背後に、気配が降りたった。
しばらく、ペルソナーレは何も言わなかった。
「どうかされましたか」
すぐにしきるは振りむいた。
「もういいだろう。作戦をきかせてくれ」
漏洩防止のため、作戦の全体像は、上陸直前にグローバルの魔力暗号通信にて、一斉につたえられることになっていた。
「全軍、正面突撃」
しきるは首をかたむけた。
「立地も情勢も徹底的に調べ上げていただろ。哨戒機殲滅で、城崖下の森に巨兵を埋伏。飛獣はその下の海中に待機。歩兵を三つに分けて、正面から街、城外壁の兵舎、遊軍にわけ攻略。城から離れた低地に戦線集中後、背後より埋伏させていた飛獣、巨兵の半分を城におろし攻城。残りの飛獣と巨兵で戦線にむかって攻めおろす――これくらいのことは言うと」
意味もなく、思いついた作戦をしゃべっていた。
現れるのは、もう少しあとにしてほしかった。心のなかでそうつぶやいた。
「さすがですが、飛獣を消耗させるのは得策ではありません。攻城兵器と巨人種が帰還できなくなる可能性がある」
鼻をならした。
「ではどうしてだ」
「魔王様のお心に従っただけです」
一瞬、呼吸がとまった。目を細め、ゆっくりと息を吐きだした。
「聞きたいことがあるなら、今だけ、特別にこたえてやろう」
ため息混じりにそう言った。
それには答えず、ペルソナーレがしきるの横にならんだ。前方に見える陸地に顔をむけている。
「ベッロ様の代では、早々に侵略を中断し、長いこと、こうして外に侵攻にでることもなかった。……私も暴れたかったのですよ魔王様。だから、今、とても満足している。鬱憤がどこまで解消されるのか、いつまで侵攻をつづけていられるのかなど、今は、そんな野暮なことは考えたくない」
「つくづく……」
そこまで言って、しきるは言葉をとめた。
ペルソナーレの部下が近づいてきた。
「哨戒機、やはり発見できません」
「……たしかか」
「どうした?」
「この距離で、哨戒機が一機も見あたらないというのは、ちょっとおかしいですね」
しきるは腕を組んだ。
ペルソナーレを見つめた。
しばらく見つめ合っていた。
「そうか。そうなると仕方がないな」
「魔王様」
部下へ振りむく。
「お前、幹部たちを呼んでこい」
部下が走り去っていった。
「魔王様、どうしても必要なのですか? このタイミングで?」
「どうして哨戒機がいないのか幹部たちに考えさせることが、お前は必要ないというのか?」
ペルソナーレが押し黙った。
幹部たちが甲板に現れ、一列にならんだ。
しきるが顎をしゃくる。
ペルソナーレが、嫌そうに、魔法で精製したマジックペンとオフホワイトのボードを幹部たちに配っていく。
「この距離になっても、哨戒機が一機も姿を見せないそうだ。これはおかしい。そこでお前たちに、なぜ哨戒機が飛んでいないのか考えてもらいたい。有用な意見を出したものには恩賞割増」
しばらくペンを走らせる音だけが甲板に響いていた。
凹屋とマローネが挙手した。
「はい。じゃあ凹屋から」
『時代がそうさせる』
しきるが、凹屋の頭頂部にメガホンを振りおろした。
「そういう、当たり障りのないのはやめろ。はい、マローネ」
『もらった個性が輝かない』
振りあげかけたメガホンを、しきるが苦々しい表情でとめた。そのまま、メガホンをふたたび挙手した凹屋にむける。
「はい。凹屋」
『お前だけじゃない』
乗るなと叫び、横打ちで頬をはたいた。凹屋が頬を抑えて屈みこむ。
「はい、マスカレーネちゃん」
『朝、布団から出るのがつらい』
しきるがマスカレーネを両手で指差す。マスカレーネが同じように、両手でしきるを指差した。
「はい。じゃあリゴール」
『盆』
幹部たちから、おおっと声が上がった。
「やるじゃないかリゴール。なんだかんだ、結構シャープに出してくるよな」
リゴールが、はにかみ、しきると幹部をみまわした。隣のトラジが、はいはいと叫びながら挙手を繰り返している。
「はい、トラジ」
『燃料切れ』
甲板が静まり返った。
「あのトラジ? もし知らないんだったら……。あの、魔法の国の軍用航空機っていうのはね、人航空機っていって兵が魔法によって変態したものなの。だから……その、わかるわよね? 燃料の概念は多分ないの。わかる……かしら。あるとしても、なんと言ったらいいかしら、その、浮動イマジンだから、燃料切れっていうのは」
「ドナ、ドナ」
いつの間にかドナの近くまで移動してきた凹屋が、身振り手振りするドナの腕をおさえた。
「ドナ、それは傷口に塩を塗るってやつだぜ……」
ドナが不思議そうな顔でうなずいた。
マローネが手を上げている。
「はい、マローネ」
「頼む、もう一度だけ……」
『頼む、もう一度だけチャンスをくれねえか。もう一度だけ試してみてえんだ……自分が、俺がどこまでやれるのかを…… →墜落』
甲板に唸り声が満ちた。全員腕を組み、眉をよせてうつむいている。
「お前が長文で来たのは、なんかうれしかったんだけどな……」
しきるは、悲しげな表情をうかべるマローネの肩を、優しくたたいた。
「はい。リゴール」
「なあお前、目薬つかってる? 俺最近乾き目がひどくて――ああわかる! 俺も。俺けっこう変えてんだよね目薬。どうもしっくり来るのがなくてさ――お前もなの! すげー乾くよね目――哨戒班特にひどいよな。基本飛びっぱなしで――お前らも目乾くの? 俺も――お前も? 俺も――俺も――俺も――」
俺もと叫びながらめくった。
『俺も!』
湧いた。軽く拍手がおきた。
「なんだその技術……どこに隠してたんだ……」
「この貪欲ババア!」
トラジがリゴールになぐりかかった。取っ組み合いになった。
「貪欲ババアはお前じゃろ!」
「わしが、わしがこの日のために、どれだけのイマジンを費やしてきたと思おとるんじゃ!」
「知らん! というか大喜利のためにイマジン注ぎこんどるんかお主!」
『地下アイドルのライブチケットが……』
「う……ん。さすがにマスカ、ちょっと……はい。マローネ」
『近視』
「ああそうだな。近づいてる。よくなってるよ? もうちょっと……おい泣くな! そんなに褒めてないぞ泣くな。よし。じゃあピーター」
『唐突な千里眼ブーム』
「魔法でね? もうこれで飛ばないですむぞってね?」
「ピーターあなた……やるのね……」
『お腹が冷えるから』
「お前もうだまってろ凹屋」




