来客時を狙われた気分です
木の葉が紅葉を始め、深まる秋と季節の移ろいを感じる十月中旬。ゆったりした時の流れを、我が子のように思い始めた幼児と共に過ごすのも、そんなに悪くない気分である。
今日俺の家に来ているのは、珍しく悠太一人なのだ。別に寂しくなんかないぞ。
バイトを辞め、時間的にも体力的にも余裕が生まれた菜摘は、蓮琉以外の友人とも交流する機会が増えた。だからこの日は四人でだべってくると言い、仕事前の麗奈さんから息子だけ預かって、俺は自宅待機を決行中。本当に寂しくないぞ。
「おったん! こえ、ねーね?」
「ん? あ、本当だ。菜摘から電話か」
窓からぼけーっと薄暗い空を眺めていると、鳴り響く着信音に幼児がいち早く反応した。画面に表示されたアプリのアイコンは、菜摘がお気に入りのマスコットの写真なので、覗き込んだ悠太も姉からだと気付いたらしい。いつの間にやら賢くなったなこの子も。
「もしもし? どうした菜摘?」
「あー、ゆうちゃんダイジョブそう?」
「おう。今の所なんの問題も無いぞ」
「そっか。もうそろそろ晩ご飯作りに帰ろうかなって思うんだけどさー……」
夕飯なら作り置きもあるし、気にせず楽しんできてくれと、放課後になってすぐに伝えたのに。まだ一時間ちょいしか遊べていないはずだし、もう帰らせるのはさすがに可哀想だぞ。
「ゆっくりしてきなよ。こっちは平気だから」
「いやそれがさ、アイちゃん達があたしのご飯食べたいって言ってるんだよねー」
「……君ん家に招待すれば?」
「そんなのヤダ! マサくんハブにして、他の子だけにご飯とか作れないし!」
「うちに呼ぶの?」
「やっぱダメかな?」
「……君がいいならいいよ」
そのアイちゃん達とやらは、一時期疎遠になっていた友達だろう。俺についても軽く話しているみたいだし、菜摘が仲良くしてる子達なら、あまり邪険にはしたくない。もちろん菜摘の気持ちは嬉しいし。
そんな思いで許可を出し、ハラハラしながら幼児の遊び相手をしていると、二十分程で玄関の開く音が聞こえてきた。そして聞き慣れない高い声が、いっぱい近付いてくる。
「やばっ! 合い鍵まで持ってんの!?」
「うん。毎日来てるからねー」
「ガチで!? どんだけラブいんだよ!」
「んー、フツーよりは仲良いかな?」
「ほとんど夫婦みたいな関係だよ」
「ハルちゃんにそこまで言わせるとか、菜摘ガチ惚れなんだ! 変わったね!」
聞き耳を立てるまでもなく、丸聞こえな会話に恥ずかしさを覚えている頃、リビングのドアが開かれた。金髪ギャルと黒髪少女に続き、初見の二人は茶髪と黒髪で、明らかに陽キャの雰囲気が漂っている。と言うか菜摘よりギャル感強いし、茶髪の子は随分ケバいな。
「あ、お邪魔しまーす」
「マサくんただいま!
あたしらの友達の、愛華と陽菜だよ」
アイちゃんと呼ばれてたのが、茶髪で若干ヤンキー臭を感じる子か。陽菜という子は髪こそ染めていないが、蓮琉に比べるとカラコンやらピアスやらで、キャラが濃い。この四人が揃うと、蓮琉の素朴さが際立つなぁ。
しかし思いのほか礼儀正しく、ちゃんと自己紹介もするし、俺の許可が降りるまで座りもしなかった。やはり菜摘達が気を許すだけはある。
「マサくんさんは、こんな広い家に一人暮らしなんですか?」
「マサくんさんって……。
まぁ最近では四十崎姉弟や蓮琉ちゃんが来るから、一人でいる時間も減ったけどね」
「聞いてた通り優しいっすねー!
うちもそんな彼氏欲しいわぁー」
「ちょっとアイちゃん!
マサくんは譲らないからね!?」
「菜摘の彼氏とるわけないっしょ」
「うわー、弟のゆうちゃんこんなにちっちゃかったんだ。あたしの兄貴と交換してよ」
「ヒナちゃんまで何言ってんの?
ゆうちゃんあげるわけないし!」
菜摘と蓮琉がキッチンにいる分、必然的に女子高生達の会話のボリュームがデカい。内容こそ微笑ましいが、居心地が悪いぞこれは。
「食卓の方を使っていいからさ、みんなもう少し小さめの声で喋ってくれるかな?」
「あ、すいません。うち声デカいっすよね」
「あれ? 玖我さんはどこに行くんですか?」
「邪魔になりそうだから、書斎に居るよ」
「わかりました。ご飯できたら呼びますね」
和気あいあいとしながらも、俺の挙動を気にかける蓮琉は、馴染みきれてはいないのだろうか。女子トークには参加出来てるし、心配する事も無いか。
夕食の支度が終わり、全員で食事をしている中、ポケットのスマホに何件かの通知が入る。よりにもよってメッセージの送り主は明希乃だし、俺が自宅に居るかをしつこく確認する内容だ。一体なんの用だよ。
「どしたのマサくん?」
「いや、ちょっとメッセの返信を」
『家に居る』とだけ返すと、一分と経たずにインターホンが鳴った。あいつ、エレベーターで移動しながら送ってきやがったな。
「ごめん、ちょっと応対してくる」
「だれ? 明希乃さん?」
「菜摘のお察しの通りだよ」
若者達には気にせず食事を続けてもらい、玄関を解錠すると、俺がドアノブを掴む前に扉が開いた。そこに立つ見た目だけ小綺麗な女は、なぜか不機嫌そうな表情をしており、視線を俺から床へと移す。本当に何しに来たんだコイツは。
「ちょっと玖我くん。
なんでローファーが四足もあるわけ?」
「菜摘の友人が来てるからだけど」
「はぁ!? 君、菜摘ちゃんとの関係言いふらしてんの!?」
「人聞きの悪い言い方すんな!
菜摘が親しい子にだけ伝えてるんだよ」
「ふーん。私どうなっても知ーらない。
あ、菜摘ちゃん久しぶりー」
「お久しぶりです、明希乃さん」
背後から様子を見に来たギャルは、以前とは違う丁寧な態度で、俺の悪友と接している。
それにしてもこの女の様子からして、また厄介事になる前兆としか思えないのだが。




