<C21> 激闘の中で
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「ツヨイの、あいつツヨイの!」
ルミが御者台に載り、遥か向うで騎士達の中で戦っているジュンヤを、そして三面六臂の女を睨みつけていた。
「おいおい、どうした吸血鬼、おめえは危ねえから引っ込んでろ。」
「多少戦えるんだろうが、今はまだ子供なんだ。中にいろ。」
ニトロと目配せしたゴレムがノソリと出てくると、ルミの腕を掴んだ。
「さぁおいで。」
「怪我する前に、とっととすっこんでろ、ガキ。」
ニトロが言うと、ルミがキッと睨みつけた。
「やーっ、ジュンヤ、アタシが守るっ」
いうなりゴレムの腕を払いのけた。
「コッペッ」
「グルゥッ!」
ルミが叫ぶと既に戦闘態勢なのか、牙を剥いたコッペルが走り出て、ルミの頭に乗った。その途端にルミは御者台を蹴りあげて跳んだ。
「おお、おいいっ!」
幼女の跳躍とは思えないほどに一直線に空中に飛躍すると、背中から黒い翼が拡がった。
「うぉっ飛びやがった!てか、翼を生やしやがったぁっ!」
「魔族の本性が目覚めたのかっ!」
驚くニトロとゴレムを無視して、ジュンヤの方へと飛び去るルミに、二人は呆気にとられていた。
◇◇
騎士達が吹き飛ばされた。
地面が壁の様に盛り上がり、氷の楔が幾つも立ち、さらに焔が舞い上がる。
剣が打ち鳴らされる音が聞こえるたびに、騎士の悲鳴が聞こえてきた。
地上に落ちた三面六臂の女に襲いかかった騎士たちが、女の戦闘力に翻弄され、すぐに瓦解し始めた。
騎士の力では、多少鍛えただけの人間の能力ではあのバケモノに敵うわけもない。
「ツェザーリ様、騎士様をそいつから離して!」
アリスの懇願のような声が迸る。だが
「この魔族めがぁ!」
アリスの声は届かないのか、同胞を傷つけられ熱り立ってしまったのか、ツェザーリは魔族に向けて動いた。同時に狼牙部隊が動く。ツェザーリ、まだ指揮官としては若すぎたか。
亜人たちを蹴散らし三面六臂の怪物へ、精鋭たる狼牙部隊を引き連れ襲いかかった。
「勝率は……」
俺はついポツリと言ってしまった。
「解らない。」
アリスが答えてくれた。
視線の先ではツェザーリと狼牙部隊と共に、アリスの婚約者のクリフが戦っている。アリスの静止も聞かずに、無謀なことだ。
「あいつらだけじゃヤバイな。」
あいつはさっきまで飛んでいた下っ端の魔族とは違う。
おそらくはケィニッヒが言っていた格上の幹部クラス。あの時俺は、格上の幹部と戦ったわけだ。
勝てるわけねぇな。だが今は違う。あの時と今は違うんだ。
「うん……」
アリスの目が細まり、唇がきゅっとしまった。
俺は無言で走りだし、アリスが、マリアが追随してくる。そして見つめる先では、俺は認識を改めた。
ツェザーリが、クリフが、そして狼牙部隊と呼ばれる精鋭の騎士たちが、三面六臂の女を相手に善戦していた。
ツェザーリの持つ両手剣が、クリフの双剣が、そして狼牙部隊が次々に襲いかかり、奴の持つ属性剣からの攻撃を押さえ込んでいた。
それはクリフもまた魔法剣士であり、奴が放つ属性剣からの属性攻撃を相殺し、狼牙部隊の奴らにも魔法剣士が混じっていたからだ。
そしてレヴィの貢献が大きい。
混戦状態の中で攻撃魔法が使えないレヴィは、次々に魔法障壁を作り出し、三面六臂の女が造りだす攻撃を相殺させていた。
さらにグルームもまた、クリフとは異なる属性の剣を作り出し相殺している。
焔に氷、氷に土、土に風、そして闇に光。
見事なものだ。だがあくまでも奴の力を抑えるだけであり、それ以上ではなかった。むしろ奴の力と拮抗しているか、多少負けている為に、相剋の属性であっても完全には相殺できていない。
大勢で寄って集ってみても、たった一匹の魔族を抑えこむだけだ。それほどに奴の力は強大なんだ。
「おおおおっ!」
俺は今まで以上の魔力を迸らせ、斬龍丸に載せた。
青白い光りが、更に濃い蒼へと変化し、まるで燃え上がる様に魔力が渦を巻き出す。
「うおっ貴公、なんだその魔力わぁ!」
俺の太刀から迸る魔力に気づいたツェザーリが驚き、直ぐに後ろに引いた。
切り込もうとしていた狼牙部隊の面々も、またクリフも危険を感じたのか、すぐさま飛び退く。
それは多分俺じゃなく、後ろの阿呆だ。
「迸れっ雷神剣」
背後から聞こえた言葉、その瞬間、俺は固まりそうになった。さっきと同じかぁぁぁ!
きっとクリフも狼牙部隊も見ていたのだろう、あの空中戦でアリスが放った雷撃の雨を。蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
でも俺逃げれないじゃんっ!
俺を追い抜きざまに、アリスが斬りかかった。四本の剣が雷神剣を受け止め、瞬間雷撃が放射された。
「ばかやろーーっ!」
俺が放たれた雷撃を浴びながら、ギリギリ意識を保って斬りつけた。ん、なんか動けるぞ。さっきは麻痺して動けなかったのに。
威力を弱めたのかと思ったが、そんなことはない。もしかしてさっきの雷撃で俺の耐性が高まったか?
検証は後だ、奴も雷撃に晒された。あいつはさっき麻痺していた。ここで一気に方をツケてやる。蒼い稲光にもにた光を放つ斬龍丸を奴の頭に叩き込む、はずだった。
奴の残る剣が動き、俺の斬龍丸を受け止めやがった。
「ウソッ!」「なにっ!」
俺とアリスが同時に叫んだ。
奴は雷神剣から放たれた雷撃を受けても、まだ動いていた。こっちはバリバリに痺れて身体から煙が出ているってのに、何故だ!
思わず奴の顔を見つめた。きっと笑っているのか、鬼面がどのように笑っているのかと見上げると、奴の顔は泣いていた。いや困ったような顔というのか、なんとも悲しげな顔をしている。
そして剣が動いた。
俺は瞬間アリスに身体をぶつけた。
「きゃぁっ」
思わぬ方向からの体当たりに、アリスは可愛らしい悲鳴を上げて転がった。
「何すん───」
怒りながらアリスがみたそこには、2本の剣で貫かれた俺が居た。レイピアのような細身の剣が俺の腹を貫き、そしてもう1本は俺の胸を防具もろとも突き刺し、肋骨の辺りで停まっている。だが身体には十分に闇の属性が流し込まれていた。
防具を貫き、肋骨で停まった剣の周囲が、みるみるどす黒く変色していく。
ガハッ
レイピアが貫き、内臓をやられたか、口から血が溢れた。
「ジュンヤ!!」
アリスが驚き叫んだ。だがそれ以上アリスは動けず、剣を構えたまま俺と三面六臂の女を凝視している。
今にも残る4本の剣が、俺の首を貫こうとしているからだ。
三面六臂の女は泣きながら笑っていた。
「小僧、数年前のやたら堅かった小僧か、貴様生きていたのか。」
泣いた顔が笑うように言った。
「覚えて居やがったか」
「覚えているぞ、人とは思えぬほどに防御力と生命力が高かった小僧、確かお前は身体をバラバラにして、死んだはずだが。」
「テメエを殺すため、アマンダを取り戻すために、地獄から帰ってきたんだよ。」
口から血を滴らせながら、俺は口角を上げた。途端に背筋がゾクリとした。
──覗かれた
「なるほど、【不死神】か。これはやっかいな称号を持つ。小僧、神にでも会ってきたか。」
奴の唇が微妙に釣り上がった。泣き笑いの顔ってやつか。
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