【静寂に包まれた正義】
乾いた破裂音が、途切れることなく響き渡る。
コンクリートの壁に火花が散り、互いの信念が交差し空気を切り裂く。
「……やっぱり、もう一人くらい連れてくればよかったかもな」
激しい銃撃戦の中、カーネーションが物陰から顔だけ出して言う。
決してネガティブではない。
軽口のようで、頭の中は冷静に戦況だけを見ていた。
私は短く返す。
「大丈夫だよ。私達なら」
今回の任務はマフィア組織の拠点掃討だった。
とはいえ、敵は小規模のためBelladonnaとしては重要度は高くない仕事だった。
下された指令は自由参加。
そもそも仕事をうけるかどうかもメンバー達に一任するということだった。
ーーー午前中、アジトにいた私はコーヒーを飲みながら新聞に目を通していた。
すると
「あっ、おはよーございます。アイリスさん」
アジサイが目を擦りながら研究室の扉から出てきた。
おそらく徹夜明けなのだろう。
「おはよう」
私は短く挨拶を返した。
「そういえば、ボスから新しい仕事の依頼が届いていました」
アジサイは研究室へと戻り、自身の端末を操作しながら説明してくれる。
「今回の任務はマフィア組織の拠点掃討だそうです」
淡々とした声が続く。
「重要度としては高くないので、そもそも仕事を受けるかどうかはメンバーの判断に任せるとのことですが、どうします?」
アジサイは私の端末にも仕事の内容を送ってくれた。
画面には簡易情報が表示されている。
規模、場所、想定戦力のどれも“強制的に動かす案件ではない”ことを示していた。
おそらく社会への影響力も大きくはないという判断なのだろう。
聞かれるまでもなく私の行動は決まっていた。
端末の画面を操作しコンタクトをとる
「ダリア」
通信はすぐに繋がる。
「なに?」
不機嫌そうな声が返ってくる。
「今回の任務、参加は自由だけど──」
言い終わる前に返ってくる。
「行かない」
即答だった。
彼女の性格を考えれば、想像に難くない。
絶対の指令であれば行動を共にするが、基本的には気まぐれなため自ら動くことは少ない。
「了解」
私も特に引き止めない。
彼女の相手をしても時間の無駄だと理解しているからだ。
短く返して通信を切る。
続いて別チャンネルを開く。
「スノー」
少し間があって、静かな声が返ってくる。
「どうしたの?」
「今回の案件、マフィア組織の掃討何だけど、参加は自由みたい。今からそっちに仕事内容を送るから」
「ふーん」
少しの間の沈黙が続くが、しばらくすると
「一応計算はしたけど」
「今回は辞めておくわ」
理由は感情ではない。
彼女の仕事に対する考え方は合理的に物事を捉え、損得で行動する。
そこに迷いは感じられない。
「了解」
私はそれだけ返して通信を切る。
ダリアは行かない。
スノードロップも、今回は辞めておくと言った。
しかし、どちらも予想された範囲内の回答だった。
私は少しだけ考える。
私達は組織であり、友人ではない。
それぞれ、気分や利益などの判断基準の違いがある。
私にはそのどれも、否定することはできない。
でも。
一つだけ、私が目を背けられない事実が残る。
このままでは、あの場所は“正常ではない状態”のままだ。
誰も行かなければ、また他の誰かが苦しむことになるだろう。
何もしなければその状態は維持される。
壊れたまま放置され、そして忘れられる。
私は端末を閉じ、それをテーブルに置いた。
(なら、やるべきことは一つだけだ)
義務でも命令でもない。
ただ、そうあるべきだから。
私は静かに立ち上がり、準備を始める。
すると背後から足音がした。
「待てよ。私も行く」
カーネーションが現れる。
「地下室で射撃の訓練してたんだけどさ、アジサイから連絡もらって急いで来た」
カーネーションはすでに仕事の支度を済ませていた。
アジサイに視線を移すとこちらを見ながらにこりと笑い頷いた。
カーネーションは一度だけ周囲を見てから言う。
「どうせ、ダリアやスノーは来ないだろうし。お前は1人で突っ走るからな」
それは軽い愚痴ではなく、メンバーを理解しているからこその言葉だった。
カーネーションとはメンバーの中でも比較的気があった。
元軍人とスパイ。職業が近いことも関係しているのかもしれないが、仕事でも共に行動することが多く、彼女の性格も相まって接しやすい。
彼女は理解している。
この仕事の優先順位や放置した場合の被害。
何より、自分の行動理念。
そういうものを全部ひっくるめて、ここに立っている。
「ありがとう。ネリィ」
そこには嘘偽りのない感謝の気持ちがあった。
私1人でも行くつもりだったが彼女がいてくれれば心強い。
カーネーションは少し照れくさそうにしているが嬉しそうにも見える。
そのやりとりを見ながらアジサイも口を開く。
「私もお手伝いしますよ。二人だけだと心配なので!」
アジサイが無邪気に言う。
2人なら大丈夫だとは思っているだろうが、優しい性格からか仕事に対しても積極的だ。
「サポートなら任せてください。通信も索敵も全部やります!」
どこか楽しそうですらある。
カーネーションも応じる。
「頼むぞ」
短い返答。
アジサイは嬉しそうに頷く。
「お役に立てるなら何よりです!」
私は二人の顔を見る。
「……ありがとう」
これで今回のメンバーは3人になった。
「あとはアマリリスだけど、あいつは強いけどコントロールが難しいからなぁ」
カーネーションの意見はごもっともだった。
「3人もいれば大丈夫だし、今回は声をかけずに行こう」
「そうですね。アマリリスちゃんは不確定要素が多いですし」
アジサイもカーネーションの意見に同調する。
私も特に異論はない。
仲間ではあるが未だにメンバーも彼女を持て余しているのは明白だ。
それだけ確認した後、3人はそれぞれ動き出す。ーーー
乾いた破裂音が、再び空気を裂く。
天井のライトが揺れ、影が歪む。
「右、三」
カーネーションの声は低く、短い。
「了解」
私は答えながら、すでに動いている。
一歩目で射線を外し、二歩目で死角へ滑り込んだ。
三歩目で視界が切り替わる。
撃たれない場所へ移動するわけではない。
撃たれる前に“いないことにする”。
「見えてるな」
カーネーションの声には焦りはない。
ただ確認だけにすぎない。
「どこに行った!?」
「絶対に逃すなよ!!引きずり出して殺せ!!」
マフィア達の怒号が飛び交う。
しかし、彼女は躊躇なく前へ出る。
音もなく近づき、敵の意識の外から距離が“削れていく”。
銃口を向け引き金が引かれる。
音が聞こえた次の瞬間には、もうそこにいない。
「遅い」
吐き捨てるような声。
戦況はすでに私達の手中だ。
私は物陰から軽く覗き込み敵の位置を把握した。
[敵は残り2人です。]
アジサイからの短い通信が入る。
敵はこのままでは私達を捉えることができないと悟り狭い通路へと逃げ込み私達を待ち伏せする。
「いいか。こっちに来たらすぐに撃て」
小さな声で連携を確認した後、息を殺す。
私は動かない。
すでにカーネーションから指示を受けた。
あとは合図を待つだけだ。
カーネーションはゆっくりとマフィアの潜む通路へ足を運んだ。
その足跡を聞いたマフィアの鼓動は高鳴る。
そして銃を構えて撃とうとした瞬間、カーネーションは閃光弾を投げ込んだ。
突然その光はマフィア達の視界を奪った。
二つの足音が近づくが、それどころではない。
頭で理解をしようとした時には、すでに遅かった。
私はカーネーションが作った隙間に迷いなく入る。
「終わりだ」
その二つの短い言葉と破裂音が重なって響いた。
少し間があって、男の身体が倒れる音がした。
カーネーションが銃を下ろす。
「終わりだな」
「うん」
私は短く返した。
一瞬だけ、視線が交差するが言葉はない。
でも、それで十分だった。
カーネーションは軽く握り拳をつくり私の方へ向けた。
私は少しだけ間を置いてから、それに合わせる。
傍から見れば軽く拳が触れた程度のことだ。
だが、それは確かに“完了”の合図だった。
「悪くない動きだった」
カーネーションが言う。
「ネリィも」
それ以上は何も言わない。
ただ、それで十分と言えるほどの空気が私達の間にはあった。
そのとき、通信が入る。
[……あのー]
軽い声。
[私も一応いますよー。忘れてません?]
アジサイだった。
カーネーションが軽く笑う。
「忘れてない」
私も返す。
「支援ありがとう」
通信の向こうで、少し嬉しそうな気配がする。
[どういたしましてです!]
ただ、まだ仕事は終わりではない。
カーネーションが先に歩き出し、私もそれについていく。
(問題はない)
それでも、足は止めない。
「……一応、奥も見ておくか」
そう小さく呟いて、私達は進んだ。
奥は、先ほどよりも静かだった。
壊れた端末は放置してあり、書類も散乱している。
私達は、手分けをして中を漁った。
しばらくすると
「これは……」
カーネーションが机の上を見下ろす。
そこには一つのファイルが置いてあった。
一見すると普通のファイルだが、他の資料とは違い違和感を覚えた。
私は横に立ち、ファイルのページをめくる。
次の瞬間。
手が止まる。
「……」
視線が一点に固定され、息を呑んだ。
カーネーションが顔を上げる。
「どうした?」
私はすぐにページから目を離す。
「……なんでもない」
言葉を吐き出すように言ったが、その“間”だけが明らかにズレていた。
もう一度、ファイルを見る。
(違う)
(いや──)
思考が途中でぼやける。
視界がわずかに揺れ、音が遠のく。
その瞬間、アジサイからの短い通信が入った。
[近くに人の反応があります]
「くそっ、敵の増援か……」
カーネーションの言葉に対していつもより反応が少し遅れる。
私の動揺が隠しきれないことが、カーネーションにも伝わった。
「とりあえず、一旦ここから離れるぞ」
「考えるのは後にしろ」
その言葉で我に返った。
私は冷静さを取り戻し、アジサイの案内に耳を傾けてこの場を後にすることを優先した。
しかし、この胸につっかえたものは簡単になくなるものではないと知っていた。
脱出中も頭の片隅には別の何かを考えていた。
──3年前の夜。
まだ、何も知らなかった頃の記憶。
通信が淡く揺れる。
[対象の排除を確認]
私は銃を下ろし、辺りを見渡す。
静寂の中で、空気の音だけが鼓膜に響いていた。
それはいつも通りの“結果”だった。
誰が助かったのかわからない。
誰が救われたのかもわからない。
ただ、終わっただけ。
それでも私は確信していた。
(これが正しい)
正義とは、そういうものだった。
命令のまま悪を倒し、歪みを正すこと。
続いてはいけないものを止めること。
その先には、多くの人を守ることに繋がっていると、当然のように思っていた。
国を守ることに繋がっていると、疑うことすらなかった。
それは“信じていた”というより、
そうであることが当たり前だった。
正しいものは正しく、
守るべきものは守られる。
ただ、それだけのことだと思っていた。
息を止めると視界が僅かに揺れる。
音が遠のいていくのを感じる。
ただ、私の中心に確かに刻まれている。
(私は、正しいことをしている)
疑いのないまま成立していた“正義”が、
そこには確かにあった。
そして──
その正しさは、まだ壊れていない。




