【揃わない花々】
街灯が照らす。
少し前までの喧騒は過去のものとなった真夜中の街。
仕事を終えた私達Belladonnaのメンバーは、人通りの少ない通りを静かに歩いていた。
皆それぞれの歩調で歩いているのを、私は後ろから眺めていた。
私はその背中を見てふと思い出す。
(スパイだった頃も、任務の帰路はこんな感じだったけ)
もちろん、全く同じではない。
あの頃は、今よりもずっと“仲間”という意識を強く感じていた。
でも、不思議とバラバラなようで、なぜか噛み合っている。
やがて私達は、とある雑居ビルの前で足を止めた。
まるで我が家へ帰るかのように中へ入っていく。
中には動かなくなったエレベーターがあるだけ。
しかし、エレベーターの前に着くと動かないはずの扉が自動で開く。あとはそれに乗り込むだけ。
そこには一つのフロアしかないのだから。
看板もなく、案内表示もない。
昔、何かのテナントが入っていたであろう痕跡はあるが、今はビル自体が時代に取り残された廃墟にすぎない。
しかし、扉を開けると空気が変わる。
そこは私達Belladonnaのアジトの一つだ。
殺し屋のアジトと言えば殺風景な感じをイメージするかもしれない。
だがこの部屋はそんなイメージとはかけ離れた“生活感のある空間”だった。
ソファがあり、適当なクッションが転がっている。
カップや食器はきれいに揃えてあるが普段から使っているのが伺える。
分かりやすく言えば、シェアハウスのようなものだ。
そして──
「おかえりなさい」
黒髪ポニーテールの少女が出迎えてくれた。
(コードネーム《アジサイ》。見た目は普通の少女だが、ハッキング・解析から武器設計までこなす天才科学者。普段は無邪気で子供っぽい性格だが掴みどころのない少女)
眼鏡越しの視線は柔らかく、どこか無邪気な様子だった。
「通信、全部見てましたよ。相変わらず仕事が早くて助かります」
「見てたんなら手伝いなさいよ」
金色の髪を軽く巻いた女が、ソファに腰を下ろしながら言う。
(コードネーム《ダリア》。元怪盗。変装と潜入を得意とする。怪盗としての技術は一級だが、自由奔放で気分屋のため興味のないことには一切手を出さない)
「まぁ、私が居たからスムーズに仕事ができたんだけどね」
ダリアは飄々とした口調で語った。
「もちろん。ダリアさんのおかげで子供達も無事に解放することができましたし」
アジサイは少し嬉しそうに笑う。
それにつられてダリアの表情も緩んだ気がした。
すると、アジサイが何かを思い出す。
「そういえば、みなさんの帰りを待つ間、暇だったのでご飯作ったんです。お腹空いてると思うので、ぜひ食べてください」
その言葉に、ダリアの動きが一瞬止まる。
「え、アジサイが?」
「はい。もちろんレシピ通りに作ったので間違いはないと思います」
食卓に並べられた皿を見て、ダリアは微妙な顔をした。
「……私達これから、修行僧にでもなるの?」
軽い皮肉混じりの声だったが無理もない。
テーブルに並んでいたのは、精進料理だった。
アジサイは理解できず首を傾げる
「この料理はすごく健康にいいらしいんですよ。ただ、栄養価の面では少し物足りないので、そこはサプリメントで補いましょう!」
「結局、いつものあんたの食事じゃない」
ダリアは皿に視線を落としたが、手をつけるそぶりはない。
「悪いけど、こういうのはちょっと無理。私は遠慮しとくわ」
アジサイは驚きを隠せない。
「えっ、食べないんですか?」
「気分じゃないのよ」
アジサイは少し戸惑ったように話す。
「えっと……せっかく作ったので、少しでも食べていただけると嬉しいのですが……!」
その気まづい空気を断ち切るように、低い声が刺さる。
「ダリア」
グレーのショートカットの女が、料理からダリアへ視線を移す。
(コードネーム《カーネーション》。元軍人。戦闘と現場指揮を担当する。勝気で一直線だが、仲間への気遣いは誰よりも細かい。コードネームが長いのでネリィと呼ばれているが1人だけ違う呼び方をする)
ダリアは肩をすくめる。
「はいはい。私も悪気はないんだからネーネも怒んないでよ」
「その呼び方はやめろ」
いつものやり取りだ。
だが、カーネーションも怒りというより、ちょっとした苛立ちにすぎない。
カーネーションは料理を一口分だけ取って、口に運んだ。
「……美味い」
柔らかい声色だった。
アジサイの表情がぱっと明るくなる。
「ほ、ほんとですか!?ネリィさん!!」
「味は、悪くないよ」
言い方はぶっきらぼうだが、彼女の不器用な優しさがあった。
ダリアが小さく笑う。
「素直じゃないわね」
これ以上は無駄だと悟ったカーネーションは特に返すことはしなかった。
この会話はこれで終わるかと思ったその時、
「ダリア、これでもいいんじゃない?」
視線がそちらへ向く。
青い髪の女が、静かに椅子に腰を下ろしていた。
(コードネーム《スノードロップ》情報収集や対人工作を担当する。元詐欺師で、人の心理操作や交渉に長けている。コードネームが長いのでスノーと呼ばれている)
ダリアは興味なさそうに聞く。
「何がよ」
スノードロップは食卓の料理を一瞥したあと答える。
「別に食べるかどうかはあなたの自由でいいと思うんだけれど」
「今から別のものを待つのも、時間の無駄じゃない?」
さらに淡々と付け加える。
「健康にも悪くはないしね」
アジサイの表情も少し嬉しそうだ。
「スノーさんもありがとうございます!」
スノードロップは軽く微笑みながら小さく頷き、実際に一口を食べる。
「……うん。ちゃんとできてる」
それだけ言って、特に表情も変えずに食事を続ける。
そんな2人を見たダリアだが、ここにいる者は分かっていた。
彼女が自分の意見を変えることなど、ありはしないと。
「心配してくれなくて結構よ。私は私の好きなようにするから」
誰もその言葉にはすぐ反応しない。
いつものことだと受け流す。
スノードロップは一度だけダリアを見てから、また食事に戻る。
「そう」
特に気にする様子もない。
アジサイが少し慌てたように言う。
「あ、デリバリーとか頼みますか?何がいいですか……!」
ダリアはスマホを取り出し、淡々と言う。
「いいわ。自分で頼むから」
カーネーションがアジサイに諦めたような声で言う。
「もう好きなようにやらせてやれ」
アジサイは素直に頷く。
「わかりました」
スノードロップは今の会話には興味がないのか静かに食事を続ける。
一方、ダリアはソファーに寝転がりながら、スマホを操作している。
ただ、それぞれがそれぞれのまま進んでいく。
私もそろそろ食事を摂ることにした。
「……私も食べるね」
「どうぞ」
小さなやりとりの後、私が箸を手に取った瞬間、カーネーションがふと視線を別の場所にやる。
「アマリリス」
部屋の隅。
最初からそこにいたかのように、少女が立っていた。
ピンク色の髪。
静かな目。
こちらを見ているはずなのに、恥ずかしさからか焦点が定まらない。
(コードネーム《アマリリス》。元殺人鬼。普段はシャイで大人しいが戦闘時のみ感情が極端に変化する)
「……うん」
恥ずかしそうにしながらも小さな声で返事をした。
カーネーションは続ける。
「お前もこっちにきて食べないか?」
返事はない。
アマリリスは少し困ったような表情で黙っている。おそらく悩んでいるのだろう。
アジサイも空気を察して声をかける。
「美味しいですよ!」
アマリリスはテーブルを見たが、興味があるのかないのか分からない。
おそらく嫌なわけではないのだろうが、まだ完全には打ち解けていないのだろう。
こればっかりはもう少し時間が必要だ。
そんなアマリリスを見かねたカーネーションは再度声をかける。
「せっかくだし、一緒に食べよう」
その言葉でようやく、アマリリスは席へ向かいだした。
同じ空間にいて、同じ時間を共有しているはずなのに、会話のリズムだけが少しずれている。
それでも、この場は成立していた。
歪な形をしているかもしれないが、これで問題はないのだと私は思う。
スノードロップは、何も押しつけない。ただ事実だけを置いていく。
ダリアは、自分の中で決めたものしか受け入れない。
カーネーションは、不器用なくらい真っ直ぐだ。
アジサイは、少しだけ必死で、それでも場を明るくしようとする。
そしてアマリリスは——
(この子だけ、まだ“ここに馴染む形”が見えていない)
じゃあ私は……
考えるのをやめて食事を続けた。




