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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
七章:芽吹きの地
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第五十六話:白山風露の足音


《エヴァン視点》


(これは一体……)


朝一番、

自然にトーマたちと一緒に下船できるよう、彼らの部屋を訪れた。


部屋の扉を叩いて数秒後、

鬱陶しそうな顔をしたトーマが出迎えた。

そしてその横には、



「エヴァンさん?」


「エヴァンだ〜」



トーマにぴったりと寄り添うネナちゃんと、そんなネナちゃんにくっついているフィンの姿があった。


〔朝っぱらから何よ〜〕


ついでに、フィンの頭の上にはいつも通り、妖精が寝そべっているようだった。


〔オハヨ!〕


肩に乗っていたネロがローブを伝って滑り降りる。

そんなネロをフィンが両手で拾い上げた。



「おはよう、ネロ」


ネナちゃんはフィンの手の上に乗ったネロに向けて微笑んだ。

だけど、


ぴたぁあ。


その体は依然、トーマの腕に隙間なくくっついている。


(昨日とは大違い)


昨日、いつものようにここへ訪れた時には、トーマとネナちゃんはお互い気まずそうに距離を置いていた。


晩餐会から戻るまでは仲睦まじい様子だったのに何があったんだと、ネナちゃんが離れた隙にトーマに尋ねると、



『音凪が、気づき始めた』



トーマは今にも消えそうな声で呟いた。


(さっさと言えばいいのに)


別に魔塔主だと話しても、驚くだけで終わるだろうに。

しかし、トーマには言いたくない事情があるらしい。


(これは長引きそうだ)

そう思っていたら、



「音凪……そろそろ……」


「?」


昨日の今日でこれだ。

さすがの俺も訳が分からない。


ネナちゃんの態度に当惑しているトーマを見て、思わず乾いた笑みが漏れた。



「……おはよー。最後だから、一緒に朝ごはんでもどう?」


もちろん、これで最後にするつもりはない。

『最後』はあくまで、船での時間の話だ。


「エヴァンもいっしょ? やったー!」


〔ネロモ!〕


「! ネロも!」


フィンとネロが小躍りをする。

フィンさえ味方につければ、もう断られることはない。


(まあ、断ろうとするのはトーマだけだろうけど)


案の定、すごく嫌そうな顔で俺を見ている。


(嫌われてないはずだけど、何でだろうねぇ)


トーマの顔は見なかったことにして、ネナちゃんに話しかけた。


「大丈夫?」


「あっ……透真、いいよね?」


ネナちゃんはすぐ横にいるトーマを見上げた。

いつもより顔が近いからか、トーマは僅かに仰け反るとネナちゃんから視線を外した。


「あ、ああ……」


(あちゃー)


トーマが視線を逸らした瞬間、ネナちゃんが傷ついたように眉を下げた。

それはもちろん、トーマには見えていない。


(やってるなぁ)


トーマがネナちゃんを大切にしていることを知っている分、どうしてこうなってしまっているのかと呆れ半分、同情半分。


不器用な友人の姿に、俺はそっと苦笑いを浮かべた。


《エヴァン視点》 end.


***



「忘れ物はない?」


「うん!」


大きく頷いたフィンに、自然と笑みがこぼれた。


エヴァンさんからの朝ごはんのお誘いを受け、いつもの食堂でごはんを食べてきたあと。

私たちは部屋に戻って、船を出るための最終確認をしていた。


〔ネロモミタ!〕


テーブルの上に乗ったネロが、両手を上げて跳ねている。


「ふふっ。ありがとう、ネロ」


〔!〕


ネロはうれしそうにくるくる回りはじめた。


エヴァンさんはどうやら私たちの部屋に来る前に荷造りを終えたようで、もう部屋に戻るつもりはないらしい。


(手ぶらだから、分からなかった)


透真のスマホみたいに収納できる物があるのだろうか。

そんなことを思いながら、透真が使っていた寝室に目を向けた。


「……」


今、透真とエヴァンさんは二人きりで話をしている。


(確認……らしいけど)



『魔力暴走が起きてたからね〜。念のため色々確認した方が安心でしょ?』


エヴァンさんはそう言って、透真を引っ張っていった。


じっと、ふたりがいる寝室を見つめていると、


くいっ。


「ネナ〜、もういく?」


フィンが私の服を握った。

フィンに視線を移して、笑みを返す。


「もうちょっとだよ。ふたりの話が終わるまで待っててね」


「はーい!」


船はもうすでに、プルーヴィアに到着している。

朝ごはんを食べている最中に、入港を告げる案内が流れた。

だからふたりの話が終わり次第、いつでも部屋を出ることができる。


(二週間近く、お世話になりました)


心の中でそっと、あいさつをした。


カラカラ。


「あー! おわった〜」


部屋から出てきたふたりに、フィンがぽてぽて駆け寄る。

先に出てきた透真はフィンを受け止めて、そのままひょいっと抱き上げた。


〔げ〕


ミントは嫌そうな声を出してフィンから離れた。

そして一目散に私のところまで飛んでくると、私の右肩に腰を下ろした。


数日間見ていて分かったことだけど、

ミントは透真が苦手らしい。

あまり透真の側に近寄ろうとしない。


(鷲掴みにされたからかな)


ミントからしたら、自分の何倍も大きい手が襲ってきたのだ。

恐怖を感じていても不思議ではない。


(そのうち本当は優しいって、分かってもらえたらいいな)


とはいえ、原因は透真の行動にあるわけで、ミントの信用を回復できるかは今後の透真次第だろう。



すすす……。ぴとっ。


左肩を、透真の体にくっつけた。



「……」


「ネナのおかお、ちかーい!」


抱き上げられたフィンがきゃっきゃとはしゃぐ。

一方で、透真の表情はどこか硬い。


〔何であんたまで近寄ってるのよ!〕


透真から離そうと、ミントは私の指を引っ張った。

だけど、ミントの力では私の体はびくともしない。


(離れないもん)


これはフィンを安心させるため。

それは、ミントだって分かってくれるはず。


〔んぎぎ……!〕


意地でも私と透真を離そうとするミントと、頑なに動かない私。

エヴァンさんはそんな私たちの様子をしばらく見て、


「ネナちゃん、そのまま行くの? そんなにくっついてたら、さすがに歩きづらいんじゃない?」


そう問いかけた。



「えっ……」


わずかに目を見開いた。


(歩き……づらいかな?)


透真はどう思っているのだろう。


ゆっくりと、透真の顔を見上げた。


「……」


フィンの体越しに見えた、困った表情。


(……歩きづらいのかも)


肩を落として、そっと透真から体を離した。


よくよく考えると、フィンを抱えていて足元も見えづらい状況では当然のことかもしれない。

少し考えたらすぐに分かることなのに、エヴァンさんに言われるまで気づくことができなかった。



「……」


(今はしょうがない……だけ)


透真に拒まれたわけではない。

だから落ち込む必要はないのだと、自分に言い聞かせた。


〔たまにはいい仕事するじゃん〕


ミントは流れるように私の肩に座り直すと、エヴァンさんに対して満足そうにほくそ笑んだ。


〔ミント エラソウ〕


いつの間にか足元まで来ていたネロがぽつりと呟いた。


(ね、ネロ……)


またケンカが始まってしまうのではないかとオロオロしていると、ミントが"ふんっ"と鼻を鳴らした。



〔「偉そう」じゃなくて「偉い」んだっての〕


ミントは得意げに笑って、私の頭に移動した。


ぽふんっ。


〔ふわぁ〜〕


そのまま寝そべったミントに、ネロはしらーっと呆れたような視線を送った。


「ほらネロ。早く来ないと置いてくよ」


〔?!〕


エヴァンさんの言葉に体を跳ねさせたネロ。

てちてちと急いでエヴァンさんの元に駆け寄ると、そのまま足をよじ登りはじめた。


(かわいい)


「ふふ」


思わず笑みがこぼれる。



「もう、準備は大丈夫か……?」


透真が尋ねた。

態度は変わらず、どこかよそよそしい。



「……うん。大丈夫」


口角をわずかに上げて、頷いた。


「トーマ、ぼくあるく〜」


「ん。分かった」


透真がゆっくりとフィンを下ろす。

フィンは足が床に着くと、透真の手を握って振り向いた。



「ネナも!」


「!」


空いている手を、私に向かって伸ばした。


「……」


口をきゅっと結んだ。

あまりの情けなさに目を伏せた。


(また……気を遣わせちゃったなぁ)


フィンに心配かけないようにって決めたのに。


「……うん」


こわばる頬を持ち上げて、差し伸べられた小さな手をとった。


***



「おふねおりたら、ぷるーびゃぁ?」


四人で乗降口に向かっている途中、

フィンが両手を大きく揺らしながら首を傾げた。


「うん。プルーヴィアだよ」


「ぷるーびや」


"ぷるーびゃっ、ぷるーびやっ"

一生懸命にきれいな発音をしようとするフィンにそっと目を細めた。


フィンにはまだ、発音が難しいらしい。

それでも、名前自体をよく覚えていたなぁと感心した。


「おいしいものあるかな?」


"プルーヴィア"と言うことを諦めたフィンは、こてんと首を傾げた。


朝ごはんを食べたばかりだというのに、フィンの頭の中にはまず食べ物が浮かぶようだ。


「うーん……」


大きな街だということは知っている。

たくさんあるだろうとは思いつつ、確信はない。

もし間違ったことを言ってしまって、がっかりはさせたくない。


何と答えようか口ごもっていると、


「いっぱいあるよ〜」


代わりに、エヴァンさんが答えてくれた。


「やったぁ! ぼく、たのしみ!」


フィンの頬がほのかに染まった。


食べる前から幸せそうだった顔。

それをさらにとろけさせたフィンに、私の頬もほどけた。


(すぐに食べさせてあげたいところだけど……)


ゆっくりと、前を向いた。


船を降りたら、まずは今日の宿泊先を探さないといけない。


それに、船に乗ってからはお金を使うばかりで、稼ぐことが一切できなかった。

ウブラで降りた時でさえ、資金調達をすることができていない。

採集などをして、新たな資金を集めなければ。


(でも、そんなことしてたら、日が暮れちゃうよね)


いくら朝ごはんを食べたばかりでも、そこまで時間を空ける必要はない。

それは、こんなに楽しみにしているフィンにはあんまりだ。


(……それなら)


ここはフィンを透真に任せて、別行動を提案してみようか。

私一人なら傘で移動もできる上、フィンはおいしいものを楽しむことができる。


そんなことを考えていると、いつの間にか船の出入り口が見えてきた。


(……そういえば)


ふと、小さな女の子の姿が頭を過った。



『次会ったら、「ラケル」って呼んでね』



別れ際、ルゥちゃんとした約束。

ゲームが終わってから今日まで、結局ルゥちゃんと会うことはできなかった。


「……」


船で会えなかったら、この先会うことは難しいだろう。


(また、約束守れなかったな)


ウブラでは、スイさんの「またね」を果たすことができなかった。


この数日間で二つも約束を破ることになってしまい、しゅんと肩を落とした。



「おはようございます。

 長らくの船旅お疲れ様でございました」


乗降口に立っていた船員さんが、爽やかに微笑んだ。


エヴァンさんが流れる動作で身分証を差し出して、透真もあとに続いた。


私も慌てて身分証を出そうと腰袋に手を伸ばすと、


「1208号室の三名様ですね」


透真の身分証だけで、船員さんは確認を終えた。


「……」


腰袋に伸ばした手を、そおっと下ろした。


「足元にお気をつけてお降りください」


「ばいばーい」


「ありがとうございました」


笑顔で見送る船員さんに手を振るフィン。

通り際に、私も小さく頭を下げた。


ゆっくりとスロープを降りながら、ふと。


(……エヴァンさんとも、一度お別れ……)


エヴァンさんが魔塔に帰るなら、結局行き着く先は同じだ。

だけど、このまま一緒に行くわけにもいかない。なにより、


(透真と話、まだできてない)


魔塔に向かっていること。その目的。

エヴァンさんに話すかどうかを透真と相談しようと思っていたのに、未だ何一つ話せていなかった。


こんな風になるなら、ウブラから船に戻ってすぐに話しておけばよかった。


そう後悔をして、視線が落ちた。



かつん、かつん……っと。


石畳の地面に足がつく。

ふんわりとそよいだ海風に、髪がなびいた。


(……ついに、着いた) 



——プルーヴィア。



きれいに舗装された道に、たくさんの行き交う人々。

道の両端に建ち並ぶ石造りの建物の外観は、今まで見たどの町よりも手の込んだ装飾が施されていた。


(都会だ……)


この街が栄えていることはすぐに分かった。


「ひとがいっぱいだ〜!」


あまりの人の多さに、フィンもまじまじと街中を見つめている。

そんなフィンの姿に口元を緩めながらも、胸の奥はどこか沈んでいた。


ふっと、空を見上げる。


灰色の雲が広がる空。

かすかに、土埃の匂いが鼻を掠める。


近くで雨が降っているのだろうか。

この辺りもすぐに、雨が降り出しそうだった。


(……エヴァンさんにあいさつしないと)


雨が降るのなら、ゆっくりはしていられない。

フィンの手を握ったまま、エヴァンさんに体を向けた。そのとき——



「やあやあ、皆さま! お待ちしておりました」



横から、はきはきとした声が聞こえてきた。


「あ」


エヴァンさんが声の方を振り向いて、つられて視線を向けた。



「ヤコっさん、どうもー」


(えっ……?)


——ヤコっさんって、船の持ち主の……男爵様?


高そうな服に身を包んだ、恰幅のいい男性。

その人は口元をにんまり上げて、



「お初にお目にかかります。私、アルカラ男爵家当主

 ——ヤコブ・アルカラと申します」



流麗な所作で、お辞儀をした。



第五十六話

芽吹きの地-白山風露(ハクサンフウロ)の足音- 完

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