第五十五話:ミモザの黎明
(透真のことが……好き?)
"恋愛として"
シンイーちゃんがそういう意味で聞いているということは、すぐに分かった。
「どうして……?」
どうして、そう思ったのだろう。
シンイーちゃんは不思議そうな表情をした。
「昨日、晩餐会前に会った時に抱きついてたじゃないですか」
言われて、昨日のことを思い出す。
(そういえば、そうだったかも……)
ぼんやりとしていると、
「あれ、私への当てつけですよね?」
シンイーちゃんは"分かってます"と言いたげに、私の顔を覗き込んだ。
ぽかんと、口が開く。
「あて……つけ?」
「え、違うんですか? そんなことあります?」
シンイーちゃんは顔をしかめて、あり得ないものを見るような目で私を見つめている。
「違うよ……」
当てつけだなんて、そんなことは思ってない。
ただ——
「……?」
(ただ、なんだろう……?)
自分でも、あの時どうして抱きついたのか分からず、気づけば首を傾げていた。
「ああ、そういう感じですか」
シンイーちゃんはどこか呆れたような声を出した。
「そういう感じ?」
「大丈夫です。さっきのは忘れてください。
……これ以上つつくのはやめた方が良さそうです」
シンイーちゃんは最後にぼそっと、何かを呟いた。
「……? なんて……?」
「何でもありません」
シンイーちゃんはこれ以上言うつもりがないようで、サッと私に背を向けた。
「そろそろ戻ります。肌が荒れてしまうので」
肩越しに振り向いて、そう告げたシンイーちゃん。
(女の子だぁ……)
と感心して、ふと。
「……あれ? でもシンイーちゃん、甲板には来たばかりじゃ……」
それなのに、もう戻るのだろうか。
何をしにここへ来たのだろうと不思議に思っていると、シンイーちゃんは体ごと振り返って、眉をわずかにひそめた。
「あなたが気づいてなかっただけでずっといました」
「えっ?」
「といっても、ここに上がったのはついさっきですけど……」
シンイーちゃんはそう言いながら、展望デッキの階段に視線を流した。
(そうだったんだ)
さっきまでのことを思い返す。
今になって、階段の音や近づく音が聞こえていなかったことに気がついた。
(それだけ、思い悩んでいたんだ……)
まるで他人事のように頭の中で呟いた。
「ちょうどあなたといつ話そうかと考えていたところだったので、あなたの姿を見てすぐに声をかけたんです」
視線を落として、少しだけ恥ずかしそうにしながら説明してくれたシンイーちゃん。
少しすると、突然顔を上げて私を見つめた。
「もういいでしょう? 今度こそ戻ります」
早口でそう言い切り、背を向けて、
「あなたも早く寝た方がいいですよ」
それだけ言い残して去ろうとするシンイーちゃんを、慌てて呼び止めた。
「シンイーちゃんっ」
「! ……今度は何ですか?」
もう一度振り向いたシンイーちゃんは、ただ不思議そうに目を丸めている。
迷惑そうな顔をされなくてよかったと、ほっと胸を撫で下ろしながら口を開いた。
「あの……ありがとう」
一人になりたくて訪れた甲板だったけれど、シンイーちゃんと話したことで、少し気が紛れた。
「……?」
そんなこと知らないシンイーちゃんは、怪訝そうに眉を寄せた。
だけどすぐに眉間の皺をほどいて——
「おやすみなさい。ネナ」
小さく笑って、展望デッキを降りていった。
かつん、かつん
階段を下りていく音を聞きながら、
すでに見えなくなったシンイーちゃんの後ろ姿を、ぼんやり見つめた。
***
シンイーちゃんが展望デッキを去って少し経った頃、海風に冷えた体を抱きしめながら甲板をあとにした。
部屋に着いて、扉の取手に手をかけたところでふと。
(……もう、寝てるかな?)
部屋を出る前、ソファに座っていた透真の姿を思い出した。
「……」
……ガチャン。
扉をゆっくり開けて、そっと部屋の中に入った。
(もし起こしちゃったら、悪いから)
息を潜めながら進んでいく——
「おかえり」
「!」
共有スペースに体が入った瞬間にかけられた声。
反射的にソファを見ると、そこには部屋を出る前と変わらず、透真が座っていた。
「……ただいま」
目を合わせるのが気まずくて、ドリンクサーバーの棚に向かった。
(起きてたんだ……)
もう寝ているか、少なくとも寝室にいると思っていた。
だから心の準備なんて、全くできていなかった。
かちゃかちゃ。
コップを取って、水を注ごうとしたとき、
……カサッ
(!)
バッ!
布の擦れる音がして振り返った。
(えっ?)
透真がソファから立って、近づいてきている。
「あ……透真も、なにか飲む?」
喉が渇いたのかと思って声をかけたけれど、
「いや……もう寝るよ」
透真は小さく首を振った。
きょとん。
まだ透真にどう接したらいいのか分からず身構えていた分、拍子抜けした。
「おやすみ」
「お、おやすみ……」
カラカラ……
閉められた戸を、じっと見つめた。
(邪魔しちゃったかな……?)
透真も、一人になりたかったのかもしれない。
だけど、私が帰ってきてすぐに寝室に戻らなかったから、仕方なく寝ることにしたのだろうか。
(……でも)
一人になりたかったら、私みたいに外に行くことだってできたはず。
それなのに、どうして——
戸を見つめたまま、しばらくして、
(もしかして……)
ある可能性に、ゆっくりと顔を上げた。
(私が帰ってくるのを、待っていた……?)
本当は話そうとしてくれた?
それとも……心配して……?
どこに行くにも、当たり前のように一緒に来てくれる透真。
そんな透真が、今日は私を見送った。
出る前に何かを言おうとしていたのも、一緒に甲板に行こうとして……。
だけど、今話せることはないから……。
そう考えると、しっくりくる。
(……それほど話せないことって、なんだろう)
「……」
そもそも、
私が知りたいという理由で、聞いてもいいことだったんだろうか。
透真は家族で、幼馴染で、友だちで——
抱えていることがあるなら同じくらい悩んで、一緒に笑顔になれる道を探したい。
だけどそれは、私がそうしたいと思っているだけで、透真はそうではないのではないか。
(……透真にとって、私って『何』だろう)
初めて、お互いが認識している関係の形が違うかもしれないと、胸の奥がざわめいた。
「……っ」
首を横に振った。
(だめ)
こんなことを考えても、気持ちが沈んでいくばかりでどうにもならない。
透真が話してくれるのを待つと決めたのだ。
私にできることは、ただ信じ続けることだけ。
「……」
手元に視線を戻す。
コポコポコポ……ぐびっ!
水を注いで、一気に飲み干した。
(とにかく、いつも通りに)
フィンも気にしているとミントが言っていた。
今はフィンを安心させることを優先しよう。
(……何でもないふり、できるかな)
自分の気持ちを隠すのは、苦手だ。
演じないためには距離を置くしかない。
だけど、それでは本末転倒になってしまう。やるしかないんだ。
(……むしろ、くっつく……?)
会話はぎくしゃくしていても、ずっと側にくっついていたらフィンも心配はしないのではないだろうか。
(あと……)
自分の部屋をちらっと見た。
なるべく、透真が買ってくれた服を着て"ケンカしてないよ"って示そう。
(よし……!)
静かに意気込んで小さく拳を握った。
コップを片付けて、窓の外をじっと見つめた。
明日はいよいよ——プルーヴィアに到着だ。
部屋の電気を消して、寝室に向かう。
夜空に輝く満天の星々が、
視界の端できらめいた。
第五十五話
芽吹きの地-ミモザの黎明- 完




