めくる
《エヴァン視点》
トーマたちと別れて、表彰式を見届けた後。
人の波が落ち着くのを待ってから、部屋に向かい始めた。
緩やかな坂になっている通路を、ゆっくりと進む。
ウブラで再乗船した時に移された、左舷にある貴賓室。
通路の勾配がなくなり、左に曲がろうとした時だった。
「あ」
二階から上がってきたシンイーと出くわした。
「え、エヴァン様……」
シンイーも驚いた様子で俺を見上げていた。
「シンイー、お疲れ様。
優勝おめでとう」
目を見開いて固まっているシンイーに声を掛けた。
シンイーはハッと小さく息を飲んで、俯いた。
「……ありがとうございます」
照れた様子で仄かに頬を染めるシンイーに、ひっそりと笑みを浮かべる。
(小さな頃と変わんないねぇ)
出会ったばかりの、まだ幼かった頃の姿を思い出した。
「じゃ、ゆっくり休みなよ〜」
シンイーも疲れているだろうと、早々に立ち去ろうと手を振った。
そのまま背を向けて歩き出そうとした瞬間、
「! エヴァン様っ」
シンイーが呼び止めた。
「うん?」
振り返って、シンイーの言葉を待つ。
シンイーは躊躇しながら、
「……エヴァン様。
あの人に賭けたんですか……?」
「あの人?」
シンイーは目を合わさず、しんと黙った。
どっちのことだろうか。
シンイーが気にするなら、トーマのことのような気もするけど、
(……まあでも、どっちでもないし)
そんなことはどうでもいいかと、首を振った。
「俺は君に賭けたよ」
「!」
シンイーは勢いよく顔を上げて、逸らしていた目を合わせた。
「っ」
しかし、すぐにまた背けられた。
「そうなんですね……」
シンイーは緩みそうな口元を隠すように俯いた。
(隠しきれてないけどね〜)
相変わらず不器用だな、と思っていると、
「明日また、薬を届けに伺います」
ぺこっ。
それだけ言い残すと、
シンイーは返事も聞かずに、早足で去っていった。
「頼むよ〜」
小さくなっていく背中に向かって、小さく声を投げた。
(……さて)
この船旅も明後日には終わり。
ようやく、船酔いから解放される。
本来なら乗らなくても済んだはずの船。
それなのに、船酔いになってまで乗ったのは——
トーマの近くにいるため。
(そろそろ、タイムリミットがくるけど)
トーマはいつ、あの子に話すのだろうか。
自分が——『魔塔の主』であることを。
ぽかっ。
肩に乗るネロが俺の頭をこついた。
〔ネナチャ イジワル、ダメ〕
ネロから、ぷんぷんと音が聞こえる。
(何でこんなに懐いてんだか……)
主人である俺よりネナちゃんを庇うネロに、苦い笑みを浮かべる。
〔しないよ〕
〈念話〉で答えた。
ネナちゃんに何かをするのは気が引けるし、そもそもそれは悪手だ。
(……ま、ちゃんと帰るつもりがあるうちは、余計なことはしませんよ)
不機嫌な顔をしたトーマを思い浮かべて、静かに笑った。
めくる 完
『雨上がりの空で、傘をさす。』
これにて6章完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
雨傘はついに30万字を超え、当初私が予定していた3倍の量となりました。
投稿を始めたのは昨年の12月ですが、書き始めは9月でした。
1年以上同じ物を書き続けている自分に驚いていると同時に、10ヶ月以上も読み続けてくださる方がいることをとてもうれしく思います。
本当にありがとうございます。
さて、次回から7章に入ります。
開始は通常更新通り、来週の金曜日【10/2】を予定しております。
また、更新頻度について。
7章は過去一番の文量となっています。
週一投稿を続けていくと7章完結までに10ヶ月前後かかる想定のため、1週間の投稿話数を増やす予定です。
とはいえ、あまりの量にまだ書き切れていないため明確な予定は出せませんが……。
最後まで駆け抜けますので、もうしばらくお付き合いいただけたらうれしいです。
引き続き、『雨上がりの空で、傘をさす。』並びに『雨シリーズ』をどうぞよろしくお願いします。




