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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
六章:船上の遊戯盤
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第五十二話:とっておきの。



『お疲れ様でございました!』


はっ!

 

気がつくと、目の前には女の人が映し出された映像があった。


(たしか……ケイトさん。ということは……)


——私、戻って来たんだ。


ケイトさんは笑みを浮かべて、呆然とする私に話しかけた。


『惜しかったですね……!

 本ゲームはハルミ様とヒビヤ様の脱落をもちまして、終了いたしました』


「終了……?」


『はい。残りのプレイヤーはハルミ様、ヒビヤ様、シンイー様の三名でしたので、お二人の脱落でシンイー様の勝利が確定いたしました』



(もう、そんなに減ってたんだ……)


ずいぶんと長い時間ゲームの中にいたんだと、テーブルの上をぼんやり眺めた。


(……ルゥちゃん)


シンイーさんが最後の一人ということは、当然、ルゥちゃんも脱落している。


ルゥちゃんが選んだ商人の能力は、狩人に捕まって脱落する可能性は低そうだった。

だから、最後まで残ると思っていた。


もし私と別れたあと、近くの宝を見つける前に狩人に見つかったのなら、手持ちの宝がなくて捕まってしまった……なんてこともあり得るだろうけど——


(怖い思い……してないといいな)


私の腕の中で小さく震えていたルゥちゃんを思い出して、両手をぐっと握った。


『残念ながら賞品獲得とはなりませんでしたが、ゲームに参加された皆様には参加賞をご用意させていただきました。

 よろしければお受け取りください』


瞬間、目の前にポンッと何かが現れて、ぴくりと肩を揺らした。


(参加賞……)


テーブルに置かれた物をよく見て、目を見張った。


「ゲームの……お宝?」


ゲームを始めてすぐに私が手に入れた、一つ目の宝と同じものがそこにあった。


『はい、幻花の蜜壺でございます。

 ちょうど、ハルミ様が最初に獲得された宝でございますね』


ケイトさんの説明を聞きながら、じっと幻花の蜜壺を見つめた。


(ゲームの中だけじゃなかったの……?)


触ったら、消えてしまうのだろうか。

だけど消えたとして、そのあとはどうなるの?


そんなことを考えていると、ケイトさんが続けた。


『こちら、正しくは幻花の蜜壺を模した記念品でございまして、当船の貴賓階の食堂で使用している花蜜が入った壺でございます』


「記念品……」


『はい。幻花ではございませんが、当船のオーナーであるアルカラ男爵様と、総料理長こだわりの花蜜でございますので、ぜひお受け取りください』


にこにこと微笑むケイトさん。

私は「ありがとうございます」と呟いて、恐る恐る蜜壺に手を伸ばした。


……ぺた。


手のひらに、ひんやりとした感触が伝わる。


(……消えない)


当たり前のことに、ほっと息をついた。


『また、この後の流れを簡単にご説明させていただきます。

 これから観客の皆様の賭け金の集計を行います。そして十五分後、表彰式を開始いたします。

 ちょっとした出し物もございますので、最後までどうぞお楽しみください』


「ありがとうございます」


小さく頭を下げて、席を立とうとした。

すると、ケイトさんは『あっ! ハ、ハルミ様』と慌てた声色で私を呼び止めた。


「……?」


『ヒビヤ様の説明担当より、伝言を預かっております』


その言葉を聞いて、目を見開いた。


(……透真の?)


いったい、どういうことだろう。


なにを言われるのか、まったく思い当たる節がない。


困惑していると、

ケイトさんは視線を横……画面の外に滑らせて口を開いた。



『ヒビヤ様が

 「少し時間が掛かりそうだから、先に甲板に戻っていい」

 と、仰られていたようです』


何かを読み上げたケイトさんはひと呼吸置いて、私に視線を戻した。


『ハルミ様からも、何かお伝えすることはございますか?』


「えっ?」


ぽかんと呆けていたせいで、間の抜けた声が漏れた。


「えっと……」


(どうしよう)


"少しだけなら、待つよ"……?

だけど、透真は先に行ってていいと言っている。

"先に戻ってるね"……は、わざわざ伝言を頼むことではないだろう。


ふっと、テーブルの上にある蜜壺に視線を向けた。


(これ……持ったままだと、フィンを抱えられない)


『特に無いようでしたら、それで構いませんよ……?』


黙り込んだ私に、ケイトさんはうかがうように言葉を差し伸べた。


「……いえ、あります」


まっすぐ見つめて告げると、

ケイトさんは小さく頷いた。


『かしこまりました。

 それでは、ご伝言をどうぞ』


そっと、口を開いた。



「『部屋に一度寄ってから、甲板に向かうね』と、伝えてください」



——蜜壺を置きに、部屋に戻ろう。



(それと、せっかくなら……)


蜜壺を落とさないようにしっかり持ち上げて、優しく抱えた。


『かしこまりました。

 「部屋に一度寄ってから、甲板に向かうね」とお伝えさせていただきます』


「よろしくお願いします」


今度こそ立ち上がって、お辞儀をした。

ケイトさんはにこっと笑って、


『改めまして、ゲームお疲れ様でした』


『それでは、失礼いたします』

そう言って、ケイトさんが映っていた映像はぷつりと消えた。


箱の中は、しんと静まり返る。


(本当に、終わったんだ……)


心の中で、ぽっかりとなにかが欠けてしまったような、そんな寂しさがじわりと広がっていく。


「楽しかったな……」


無意識に呟いて、数秒後。

わずかに息が漏れた。


最初は、フィンのためだけに参加したゲーム。

だけど知らないうちに、私自身も楽しんでいたようだ。


(なんだろう……)



前にも、こんなことがあったような——



はっ。


そこまで考えて、小さく首を振った。


(ぼーっとしてる場合じゃない)


いつまでも居座っていたら、迷惑だ。


サッと振り向いて、

片手に蜜壺を抱えたまま、ドアに手を添えた。


***



カラカラ……



(よし)


寝室から出て、心の中で頷いた。

戸を閉め、すぐに外へ向かう。


ふっ、と。


テーブルの上に置いた蜜壺が、視界の端に映った。


(ナッツにかけたら、おいしいかな?)


甘いものが大好きなフィンは、きっとよろこんでくれるだろう。


「ふふっ」


笑みをひとつこぼして、通路へと続く扉を開けた。


静かな通路を照らす、やさしい光。

天窓から降り注ぐ陽の光で満ちている昼間とは変わって、

夜は低い高さで壁に埋め込まれた照明が、足元を柔らかく照らしていた。


ひとつ目の分かれ道。

スロープの方へ向かおうとして、ぴたっと足を止めた。


(こっちからだと、混んでるかも)


スロープを上がった先の、甲板への扉。

そこは船の中腹で、ちょうど展望デッキの下——テラス席の前に続く場所だった。


普段なら問題ないけれど、乗客がたくさん集まっている今は人がごった返しているはずだ。


(階段、使おう)


船首にある階段へと踵を返した。



「……」


歩くたび、服の裾がひらりと揺れる。


(……大丈夫かな……?)


お腹の辺りがそわそわして、気づけば体の前で左手を握った。


「……」


口をきゅっと結ぶ。

ふわりとなびく髪を、そっと耳にかけた。


階段に続く角をゆっくりと曲がった。そのとき——



「あ……」


「……え?」



二階から上ってきた、透真と鉢合わせた。


透真は目を丸くして、

わずかに口を開いて固まっている。


(ここで会うなんて……)


突然の再会に、私も思わず黙ってしまった。


見つめ合い続けて、しばらく。

透真はハッと息を飲んだ。



カツン……カツン……。


「……音凪、その服……」



残りの階段を上って、透真は私の目の前まで近づいた。

私はじんわりと熱を帯びた頬を隠すように、ふっと視線を下に逸らした。



「さっき、着替えなかったから……」


晩餐会が始まる前に、本当は着るつもりだった、透真が買ってくれた服。

だけどそのときはゲーム専用の服があるとは思っていなくて、


"動きにくいかもしれない"


そう思って、結局着るのをやめてしまった。


「すぐ着れそうな服があって……せっかくならって……」


普段はほとんど着ない、ワンピース。

自分では、似合っているのかも分からない。

だけど、


(透真が選んだ服だもん。きっと大丈夫)


そう信じて、身にまとってきた。


じっと、静かに私を見つめる透真へ視線を戻した。



「想像通り……だった?」


勉強の役に立てただろうか。

そんな気持ちで尋ねた。けど、


透真の目が、ゆっくりと細くなって——



「——想像以上に、似合ってる」



時間をほどくように、言葉を落とした。



どくん。


(……よかった)


透真はうれしそうに微笑んでいて、気づけば私も目元が緩んでいた。

強張っていた肩の力が抜けて、透真に言葉を返そうとした、瞬間。


チカチカッ


「!」


階段が一瞬、七色に照らされた。


上を見上げて少し待つと、再び色とりどりの光が壁面に弾けた。



「……花火が上がってるみたいだ」


透真がぽつりと、そう口にした。


(花火……)


そういえば、ケイトさんが「ちょっとした出し物がある」と言っていた。

それは花火のことだったようだ。


(この世界にも、花火があるんだ)


階段の向こうを眺めながらぼんやりしていると、視界の端で透真が動いた。


その動きにつられて振り返ると、


——スッ。


目の前に、手が差し伸べられた。



「フィンのところに行こう」


私が手を取るのを、微笑みを浮かべたまま待つ透真。


そっと、指先を伸ばした。



「——うん……!」



私の手を受け止めた、

大きな手。


どちらからともなく、

温もりを包み込んだ——



第五十二話

船上の遊戯盤-とっておきの。- 完

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