第五十一話:女王の微笑み
《???視点》
ドサッ!
地面に伏している狩人たちの上に、最後の狩人が放り投げられた。
「ふん」
開けた場所に一人立つ者。
積み重なった狩人たちを一瞥して、森の中へと姿を消した。
《???視点》 end.
***
「透真、見て」
しゃがみ込んで、地面に生えたそれを指差した。
「お花柄のきのこが生えてるよ」
紫色に黄色の小花の模様が入ったきのこ。
珍しさに、思わずじっと見つめた。
「音凪、さすがに顔を近づけるのは危ない」
「あっ、そうだね」
透真の言葉に、すくっと立ち上がった。
最初は山の方に向かっていた私たち。
だけど、
"狩人に見つかるまではゲーム内を見て回ろう"
そう決めて、行き先を変更した。
「闘技場、あとちょっとだね」
「このペースなら、十分くらい歩けば着きそうだな」
自然の景色はこれまでの旅で見てきた。
だから大きい建造物を見ようと、闘技場へ向かっていた。
「音凪、足元気をつけて」
透真に言われて、足元を見る。
(……ツル)
地面には、所々からツルが延びていた。
たくさんあるわけではないけれど、よそ見をしていたら足を引っ掛けてしまうかもしれない。
「ありがとう、透真」
透真にお礼を言って、慎重に進んだ。
ふと、
「そういえば、透真はお宝いくつ集めたの?」
私の話ばかりで、透真の話を聞いていないことに気がついた。
透真は数えているのか、しばらく黙って、
「六個」
なんてことない声色で答えた。
「……そんなに?」
"取りすぎじゃないかな?"
そう言おうとして、ぴたっと。
(人が減ったから、いいのか……)
ルゥちゃんと歩いているとき、人が減った瞬間に残りの宝の数は増えていた。
今の時点で残っている人数は分からないけど、時間が経つにつれて一人当たりの宝の数が変わることを考えたら、そんなに気にしなくてよかったのかもしれない。
「たまたま、初期地点が怪しい場所の近くだったから。
その流れが運良く続いたんだろうな」
「怪しい場所?」
「宝が隠されていそうな場所のこと」
「透真、そんなこと分かるの?」
透真の頭がいいことは分かっているけど、驚かずにはいられなかった。
「藤咲が、RPGにハマってた時期があっただろ?」
「あーるぴーじー?」
「今回のゲームみたいな、俺たちプレイヤーが主人公で……その主人公を操作して、敵を倒したり探索したりしてレベルアップさせていくやつ。
『中ボスが倒せない』とか、『伝説級のアイテムが見つからない』とか言ってたんだよ」
「……そうだっけ?」
透真が丁寧に説明してくれるけど、全然思い当たる節がない。
透真は小さく笑って、続けた。
「音凪は藤咲の家の猫たちに夢中だったからな」
「! ふふっ。かわいかったよね、さびまるとみけじろう」
藤咲くんのお家の二匹の猫ちゃん。
サビ猫のさびまるは男の子で、三毛猫のみけじろうは女の子。
みけじろうは初め男の子だと思ってたけど、透真に「メスだと思う」と言われて目を丸くしたのは記憶に新しい。
(高校卒業するまで、ずっと男の子だと思ってた)
"三毛猫はほとんど女の子"
ということも、そのとき透真に教えてもらって初めて知った。
「そうだな。
……音凪は将来、猫と暮らしたい?」
「えっ?」
思ってもみなかった質問に、気の抜けた声が漏れた。
(……猫ちゃんは、かわいい)
だけど、
「お金とか、生活に余裕があれば……」
無責任なことはできない。
何かあったとき、何もしてあげられないのは、かわいそうだから。
「……そうだよな」
透真は小さな声で呟いた。
「病気とか、そうでなくても医療費がかかるし……。
一人暮らしだと、在宅勤務じゃない限り何かあった時の対応が難しい。
それに、猫は一匹より多頭飼いの方がいいとも言うし、ますます金銭的余裕は必要か」
静かに語る透真に、首を傾げた。
「……透真、猫ちゃんと暮らしたいの?」
透真があまりにも詳しいから、いつか一緒に住むために調べたのではないかと、気になって尋ねた。
「……」
透真は黙って前を見つめて、
「どうだろうな」
かすかに、笑みを浮かべた。
(……なんだろう)
ゲームの中だから?
フードで顔が見えにくいから?
どうしてこんなに——
「……透真」
呼びかけに、透真がそっと振り向いた。
私は、両手を伸ばして、
すっ
「?!」
透真の頬を、手のひらで包んだ。
「なにか……あった?」
——どうしてこんなに、悲しそうなのだろう。
「……何かって?」
透真は最初こそ驚いた顔をしていた。
けれど、私が尋ねるとすぐに表情を落ち着かせた。
「……」
誤魔化す透真に、口元をきゅっと結んだ。
(……聞くべき……?)
ずっと、透真が言うのを待っていた。
聞いてなにかが変わってしまうのが、怖かった。だけど、
(これ以上……そのままにしたら、いけない気がする)
「透真。私……ずっと……」
ごくっと喉が鳴った。
どちらの音かは分からない。
勇気を出して、透真に聞こうとした。
そのとき——
ぐいんっ!
「きゃっ」
突然なにかに足を掴まれて、瞬く間に宙吊りになった体。
「音凪!!」
ボワッ!
すかさず透真が火の魔法を放ち、プツンと体は地面に放り出された。
体を無理やり丸めて半回転。
なんとか頭からの落下を防いで、ほっと息をついた。
「音凪! 蔓だ!」
透真が火の魔法を放ちながら叫ぶ。
私は即座に剣を抜いて、周りを見回した。
(!! ツルが、動いてる……)
地面や木を這っていたツルがまるで波打つように動いていた。
その光景を見てようやく、自分が何に足を掴まれていたのか気づいた。
シュルルッ!
「!」
四方からツルが襲いかかる。
——シュッ!!
透真に剣先が当たらないよう、距離を取りながらツルを斬る。
(どうして、急に……?!)
なぜ襲われているのか分からないまま、ただひたすらにツルを斬り続けた。
「音凪!」
透真がもう一度私を呼んだ。
「俺の背中に回れ!」
その言葉に咄嗟に駆け寄った。
ザッ!!
透真に背を向けて前を見据えた。
シュルルッ!
——ザクッ!!
目の前まで迫っていたツルを斬った。その瞬間、
「しゃがめ!」
サッ!
しゃがみ込んだ刹那——
ボォオオオオ!!
轟音と共に、熱気が広がった。
(火の……魔法?)
反射的に瞑った目をわずかに開く。
辺りは真っ赤に燃え盛る炎に包まれていて、襲いかかろうとしていたツルたちは一切見えない。
(これ……大火事になっちゃうんじゃ……)
サーッと血の気が引いていった。
近くに他のプレイヤーがいたら大変だ。
「と、透真……」
透真を止めようと声をかけて、ふと。
(あ……れ?)
炎の勢いが弱くなった。
そしてそのまま、火は徐々に小さくなって——
フッ。
わずかな火の粉を落として、空中に消えていった。
(魔法、だから?)
さすがに、私も慣れてきた。
この不自然な消え方もすんなりと受け入れて、辺りをぐるっと見回した。
木々で生い茂っていたはずの森は私たちを中心に、数十メートル先まで黒い大地へと変貌していた。
黒焦げたツルや木々が炭になって、ぱらぱらと宙を舞っている。
時折光を弾いて、ちかちかと輝いた。
「音凪、大丈夫か?」
透真が手を差し出した。
こくりと頷いて、その手を取る。
「透真、ありがとう」
透真の手を掴みながら立ち上がった。
(……それにしても、どうして……)
戸惑いながら、焼け焦げた森を見回した。
透真も森の先をじっと見つめている。
(……?)
一点を見つめる透真に、首を傾げた。
すぐに透真の視線を追って、森の先を見つめた。そのとき、
ザッ
遠くから、足音が聞こえた。
音が鳴ったのは——前方。
ザッ、ザッ
足音は鳴るたび大きくなって、
目の前から来る誰かの存在に緊張が走った。
ザッ、ザッ、ザッ
炎の範囲から外れた木々の隙間から、その人物は姿を現した。
「!!」
目に映った人物に、目を大きく見開いた。
ザッ。
「随分と派手にやりましたね」
冷めた目を向けるシンイーさんが、私たちに声をかけた。
(? どういうこと……?)
森の中から現れたシンイーさんの服装。
それは、最初の町で見かけた時と大きく変化していた。
元々は布だけの服だった。
だけど、今は肩や足に鎧のような装備が付いていて、両腕も金属の手袋のようなものに包まれていた。
ぽかん、とシンイーさんの姿をまじまじ眺めていると、シンイーさんは眉をひそめて——片腕を上げた。そして、
ッダン!!
そのまま地面に向かって振り下ろした。
(お、怒らせちゃった……?)
森を焼いてしまったことに怒ったのだろうか。
「透真、怒らせちゃったみたいだよ」
「いや、音凪……」
謝った方がいいかな、と透真の服を掴んでそわそわしていると、シンイーさんは地中から何かを引っ張り上げた。
一瞬見えた、銀色の紐。
——スゥ。
それが何だったのか知る間もなく、銀の紐はシンイーさんの手の中から消えていった。
(今のって、もしかして……)
「お宝……?」
「……気づいてなかったんですか?」
シンイーさんは目を丸めると、小さく頷いた私を見て、すぐに呆れた表情に変えた。
「まあ……私は得したので、どちらでもいいですけど」
シンイーさんはそう言って視線を外した。
「あの……」
背を向けて歩き出そうとしたシンイーさんを呼び止めた。
「何ですか?」
シンイーさんは面倒くさそうな表情をしながらも振り向いてくれた。
少しだけ迷って、そっと口を開いた。
「——さっきは、巻き込んでしまってごめんなさい」
頭を下げて、ひと呼吸。
ゆっくりと体を起こした。
「それと、ありがとうございました」
次に会ったら、伝えようと思っていた。
「狩人を攻撃するなんて、私一人じゃ思い浮かばなかったので……教えてくれて、ありがとうございます」
シンイーさんはきょとんと目を丸くしている。
「教えた……?」
ぼそっと、シンイーさんが呟いた。
「それと……」
もう一つ、これも伝えなければいけないと思っていた。
シンイーさんは訝しげに私を見つめ、
半歩、踵を後ろに滑らせた。
スゥッ。
シンイーさんの目を、まっすぐ見つめた。
「——私、エヴァンさんとはただの知り合いです」
誤解を解くため、はっきりと口にした。
「……は?」
「え?」
シンイーさんと、なぜか透真までも驚いた声を出した。
「えっ?」
思わず透真を振り返った。
フードの奥に見える透真の目は、まるで信じられないものを見ているようだった。
「音凪……今のって、どういう……」
「? 透真、どうしたの?」
「いや……純粋に、どういう意図か気になって……」
透真はまごまごと口ごもりながら視線を逸らした。
「意図って……」
ちらっとシンイーさんを見る。
シンイーさんは呆然と、こちらを見つめていた。
(いくら透真でも、他の人の恋心については話せないよ)
「言った通りの意味しかないヨ」
誤魔化そうと思って、語尾の発音がおかしくなってしまった。
恥ずかしさに、そっと頬を両手で覆った。
「……何でだ……」
透真が落ち込んだような声で呟いた。
そんなに知りたいのだろうか。
その理由が分からず、困惑する。
シンイーさんがはっと、息を吸った。
「あ、あなたに言われなくても、見ていれば分かります」
シンイーさんは頬を染めて、ふいっと顔を逸らした。
(それなら、どうして……?)
未だに、目の敵にされているのだろう。
「……そんなことよりいいんですか?」
シンイーさんがちらりとこちらに視線を向けた。
何のことか分からず、首を傾げる。
「——」
シンイーさんの口元が、にやりと弧を描いた。
「そんなにボーッとしていて」
「え?」
シンイーさんの視線が、私たちの向こうを見た。
透真と同時に、後ろを振り向いた瞬間、
「プレイヤー、ハッケン!」
ぽんっ。
肩への軽い衝撃。
「気を抜きすぎですよ」
かわいらしい、笑い声。
瞬く間に、世界が真っ白に包まれていった——。
第五十一話
船上の遊戯盤-女王の微笑み- 完




