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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
六章:船上の遊戯盤
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第五十話:最後のカード



「……」


目を開けると、木目の天井が目に入った。

体はふかふかの布団に包まれていて、



「???」


訳が分からなかった。



私はさっきまで森の中を歩いていて、キツネの魔物のしっぽを踏んでしまい——

記憶は、そこで途切れていた。



「……音凪?」



知っている声に、はっとした。


ゆっくりと顔を横に向けると、そこには透真がいた。

椅子に座って、私の顔を上から覗き込んでいる。


「透真……」


ぱち、ぱち。


大きく、まばたきを繰り返した。


「音凪、寝る前のこと……覚えてる?」


「え?」


透真の言葉が引っかかった。


キツネの魔物と会ったとき、透真はそばにいなかった。

だけど、透真の言い方はその場にいたような、

もしくは、キツネの魔物と会ってから今に至るまでの間、何かあったような——



「!!」


ガバッと、掛け布団で顔を覆った。

頭の中にぼんやり浮かぶ、目を覆いたくなるような記憶たち。


「……全部覚えてる?」


透真は気を遣うように、優しく問いかけた。


全部は覚えていない。


「……少しだけ」


目元だけ布団から出して、答えた。


話したことは全然記憶にないけど、

小さい子どものように抱き着いて甘えてしまったことだけは、しっかり覚えている。


(恥ずかしい……)


握りしめた掛け布団を、さらにぎゅっと握った。


「ごめんね。小さい子みたいに……甘えちゃって」


体が熱い。

恥ずかしさで顔が真っ赤になっているのは、見なくても分かる。


「ああ……」


透真はそんなことか、と言わんばかりの声を落とした。


他にも何かしたのだろうか?

分からないことが怖くて、これ以上布団を下げられない。


「忘れてね」


無理だと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。


透真はきょとんと目を丸くして、一拍。


「いいの?」


「……?」


透真はスッと目を細めて、



「すっごく辛い物食べたいって。それも忘れていいの?」


いたずらに笑った。



「……そんなこと言ったの?」


気づけば、布団を下げていた。

透真は小さく頷いて、何かを取り出した。


「今は無理だけど」


そう言って見せた透真の手のひらには、真っ赤な木の実がひとつ。

それは野イチゴみたいに小さくて、かわいらしかった。


(そういえば、ラウハからリベルタに行く途中で摘んだ気がする)


数週間前の記憶を、ぼんやりと思い浮かべた。


「これが結構、辛い木の実らしい」


「えっ?」


「リベルタの近くで採った分が残ってるから——」


透真はそこで止めて、その木の実を私の口元に近づけた。



「ゲームが終われば、いつでも食べられる」


微笑みながら、木の実を私の口に押しつけた。



ぱくっ。


反射的に、その木の実を口にした。


もぐもぐ……。


(味、しない)


「このゲームの中では味を感じないみたいだ」


透真はくつくつ笑いながら、そう付け加えた。そして、



「で、忘れていいの?」


再び尋ねた透真に、私は——



ぶんぶんっ。


首を大きく横に振った。


それを見た透真は、さらに目元を深めた。


***



「それで、山の方に向かおうとしたとき、キツネみたいな魔物のしっぽを踏んじゃったの」



私たちは透真が見つけた小屋を出て、これまであったことを話しながら再び森の中を歩いていた。


「運が悪かったな」


「ううん。ちゃんと見てなかったから……。あの子には悪いことしちゃった」


(しっぽ踏まれたら、怒るに決まってるよね)


しょぼんと肩を落としていると、透真が苦笑いをした。


「音凪。これはゲームだから、魔物も本物じゃない。

 気にしなくていい」


「!」


目を見開いて、透真を見つめた。


ゲームというのは分かっているけれど、

その中の人や魔物たちが存在しているかどうか……なんていうことは深く考えていなかった。


(それなら……)



「腰が爆発しそうなお爺さんも……いない?」


ひとり言のように呟いた。


ぴくっ。


「……」


透真の口元がわずかに動いた。

すぅっと、透真は明後日の方向に視線を逸らすと、


「……同じような人は、世の中たくさんいるだろうな」


口元に手を添えて、そう応えた。


「そっか」


(大変な病気だ……)


腰が爆発なんて、気が気じゃないだろう。

あのお爺さんはゲームの中の人だから、まだ落ち着いていたのかもしれない。


(血管が詰まって……とかなのかな?)


爆発する病気について考えていると、透真が静かに口を開いた。


「音凪、この後どうする?」


「えっ? 山、行くんだよね?」


小屋を出る前、どこ行こうかという話になり、ひとまず山岳地帯に行くことにした私たち。


だから当然、山に行っているつもりだったけれど……。


「うん。その後」


(……なるほど)


山に行ったあとの話だと分かって、ストンと胸に落ちた。



「登ってみる? ……ぁ」


提案してみたものの、あることに気が付いてはっとした。


私は『跳躍』があるから登れるかもしれないけれど、透真は登れるような魔法は手に入れてないかもしれない。


「……やっぱり、やめておく?」


分からないから、変な聞き方になってしまった。


「行ってみてだな」


そう答えた透真に目をぱちくりさせた。


山の形によっては、登れる可能性があるということだろうか。


(透真も、山を登れそうな魔法があるのかな?)


ぼんやりと首を傾げた。


「だけど音凪」


続けた透真に、そっと視線を向けた。


「狩人に見つかったら逃げづらいと思うけど、それはいい?」


「狩人……」


目を丸くして呟いた。


(すっかり、忘れてた)


このゲーム、鬼ごっこだった。


確かに山は見晴らしが良い分、地上からも見えやすい。

尚且つ身体能力の高い狩人なら、山も軽々と登ってきてしまいそうだ。


(……でも)


私の心は、もう決まっている。


「うん」


こくりと頷いた。


「元々、三時間過ぎるようなら、棄権しようかなって思ってたの。

 フィンも限界かも知れないし、ちゃんとお布団で寝させてあげたいから……」


そこまで言って、顔を上げた。


「あれ?」


透真の顔をじっと見つめた。

私が何を考えているのか分かったのか、透真は静かに頷いた。



「もう三時間経ってる」


眠っている間に、随分と時間が経ってしまったようだ。


「……それなら、私はもう終わりかな」


せっかく透真に会えたけど、楽しむことよりもフィンを優先したい。


「透真、頑張ってね」


「え?」


私は透真にそう声を掛けて、ステータス画面を開いた。


(棄権ボタンあるかな?)


ステータス画面と睨めっこしていると、透真が私の手をそっと掴んだ。


「? 透真?」


透真はなんとも言えない顔で私を見つめている。


(どうしたんだろう……?)


じっと、透真の言葉を待った。

透真がゆっくりと口を開く。


「まず、このゲームを止めるには、狩人に捕まるか、ゲーム内で死ぬか、もしくは他プレイヤーを攻撃するしかない」


「棄権は……」


「ない」


透真は確信を帯びた声で言い切った。


(そうなんだ……)


すぅっと、ステータス画面を閉じた。


(攻撃って、軽くパンチするだけでいいのかな)


透真に握られた手。

それとは反対の手で、軽く拳を握った。


拳をじーっと見ていると、その手も透真は握った。


「もう一つ。音凪が続ける気ないなら、俺も帰る」


「え?」


思わず声が漏れた。

目を丸くして、透真を見上げる。


「私に合わせなくていいんだよ?」


「違う」


透真は首を振って、まっすぐ私を見つめた。


「一人でのゲームはもう十分楽しんだ。

 勝ちにも、賞品にも興味ない。

 音凪と見て回るならまだ続けるけど……そうでなければ、この世界に居続ける理由は一つもないんだ」


真剣な表情で訴える透真。

胸の奥から温かいものが広がって、自然と口元が緩んだ。


(透真も、一緒だったんだ……)


透真と一緒に探索したら、絶対楽しいって思ってた。

だけど、透真がゲームを楽しんでいたら邪魔してしまうと思って、無理に探すことはしなかった。


(もっと早く、探しに行けばよかった)


ルゥちゃんが、他のプレイヤーの場所も知っていた可能性はある。

あのとき聞いていれば、もしかしたらもっと早く透真と会えたかもしれない。


「……」


お互いを攻撃したら、すぐに二人とも失格となってゲームをやめることができるだろう。


(でも、強い攻撃はできない)


いくらゲームと言ったって、透真に攻撃なんて……できるわけがない。

軽くこついて、それが攻撃とみなされるかも分からない。

力加減次第では、片方だけが失格となる可能性だってある。

それなら——



「……狩人に見つかるまでは、もうちょっと楽しもっか」


笑って、透真を見上げた。

透真は優しく微笑んで、静かに頷いた。


***


《エヴァン視点》


ゲーム開始から三時間が経過した。

残りのプレイヤーは——四人。


ルゥがわざと狩人に捕まった時は会場中がどよめいた。

だけどルゥが幼いことが幸いしたのか、

彼女に賭けた者は殆どいなかったようだ。


特に大騒ぎする者はおらず、観客たちは残り四人の動向に夢中だった。


(まあ、優勝しちゃうと後々面倒なことになるかもしれないしねぇ)


人数の減少に合わせて分割された八個の窓。

そこに映るプレイヤーたちを眺めながら、ぼんやり思った。


〔アイツら勝つ気ないでしょ〕


〔フタリ イッショ〕


〔側にいたらもうダメだわ〕


〔ネナチャ タノシイ〕


長いゲーム時間にネロと妖精はとっくに喧嘩を止めて、大人しく一緒に観戦していた。


(トーマとネナちゃんを競わせるなんて、到底無理な話だったんだろうね)


トーマだけなら本人のやる気次第で優勝は狙えただろう。

だけど、今は優先順位の一番上にネナちゃんがいる状態だ。


きっとネナちゃんがゲームを止めるといえば自分も止めるだろうし、ネナちゃんが優勝を狙うというのならトーマは当然のように譲るのだろう。


(本当、目を疑うほどの変わりよう)


もしくは俺が知らないだけで、本来はそういう人間だったのかもしれない。


冷めているようで、どこか追い詰められているようなトーマの目を思い出す。


(今も全くしないわけじゃないけど)


ネナちゃんを見つめる、トーマの姿を眺める。


——それでも、前よりは随分良くなった。



『ここでアレスが脱落だー!』


残りは三人。



「……」


——スゥッ。


空に映し出された地図を見て、目を細めた。



(クライマックスも、すぐそこかな)



フードを深く被り直して、

にやりと口元を歪めた。



第五十話

船上の遊戯盤-最後のカード- 完

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