第四十九話:ただ一人の騎士
(どこ、行こう……)
町のすぐそばで見つけた洞穴の中。
身を潜めながら、開いた地図を眺める。
まだ行ったことのない場所だと、
海の方か、山の方か。それとも湿地帯か。
建物なら闘技場や大神殿、旧貴族の屋敷という選択肢もある。
(……近いところから、行ってみる?)
地図上部にある、山岳地帯を見つめた。
さっきはルゥちゃんがいたから避けたけど、私一人なら問題なく探索できるだろう。
(能力が増えたから)
『戦鬼の雷槍』
三つ目の宝で増えた能力は、『跳躍』だった。
この能力があれば、背の高い岩山も多少は登ることができるかもしれない。
(どれくらい高く跳べるんだろう?)
試しに一回跳んで確かめてみようと洞穴を出た。
腰を落として、ぐっと膝を曲げる。
そして思い切り跳ぼうとした瞬間、
「……」
思い止まった。
(ここで跳んだら、目立つかな……?)
どのくらい跳べるか分からないけれど、森の木々より高く飛べてしまったら、すぐ狩人に居場所がバレてしまう可能性がある。
(ここでは止めておこう)
念のため辺りを確認してから、目的地へと歩きはじめた。
ザッ、ザッ
時折地図を確認しながら、南に向かって歩き続ける。
(……フィン、見てるかな?)
ゲームが始まって、すでに二時間を超えていた。
どれだけ頑張っても、幼いフィンにはもう限界の時間だろう。
「……」
無理に続けず、この辺りで棄権した方がいいのではないか。
そんな考えが過って、数秒。
(ううん)
首を小さく、横に振った。
もしかしたら、フィンはまだ見ているかもしれない。
あんなに楽しみにしてくれたのだ。
私だって、できる限りを尽くしたい。
あと一時間。
それ以上掛かるようなら、止めよう。
自分にタイムリミットを課して、私は再び前を向いた。そのとき、
ギュッ!
柔らかい、何かを踏んだ。
「……?」
ゆっくりと、足元を見ると——
「……*」
キツネのような魔物が、恨めしそうに私を睨んでいた。
そして、魔物から生えているふわふわのしっぽは、私の足の下敷きとなっていた。
「!!」
慌てて足を上げた。
「ご、ごめんね」
咄嗟にしゃがみ込んで、謝った。
キツネの魔物は私を睨んだまま、
「**ー!!」
空に向かって、大きな雄叫びを上げた。
その瞬間、
——クラッ。
頭の中が揺れた。
「え……?」
(なんだか、ふらふらする……)
ぼんやりと、
それはまるで、霧が流れ込んできたようだった。
だけどそれは頭の中だけで、足はしっかりと地に着いていた。
魔物は"ふんっ"と鼻を鳴らすと、私に背を向けて走り出していった。
「あ……まってぇ〜」
魔物に向かって、手を伸ばした。
徐々に離れていく魔物の姿に、なんだか——
(すごくたのしくなってきた)
ゆらゆら。
体を左右に大きく揺らした。
「ふふっ。
おいかけっこ、まけないよぉ〜」
小さくなっていく魔物の背中を追いかけ、
森の奥へと走り出した。
***
「キツネさん、どこだろぉ……」
魔物を追いかけて、しばらく。
途中で魔物の姿を見失い、私はひとり森をさまよっていた。
「どこにもいない……」
辺りを見回しても、緑ばかり。
魔物の毛はふわふわとした、白が混ざったえんじ色。
近くにいれば、すぐに分かるはず。
「……」
立ち止まって、ぼんやりと遠くを見つめた。
「……ねむい」
急に眠気が襲ってきた。
ふわぁっと、あくびをひとつ。
おもむろにその場に座り込むと、草の上に寝転んだ。
「んんっ……」
きゅうっ。
体を小さく丸める。
「……ん」
瞼を閉じた。
意識が薄れはじめたからか、瞼の向こうが陰った気がする。
「おやすみなさぃ……」
薄暗いくらいがちょうどいい。
そのまま、夢の中へ旅立とうとした。その瞬間、
——バシュン!!
すぐそばで、何かを弾いた音がした。
続けて、ドサッと低い音がしたと同時に風がひとつ吹いて、頭から撫でていった。
「んぇ」
大きな音に驚いて、パッと目を開く。
そして、音が聞こえた方を向くと、
「……」
大きなキツネの魔物が、倒れていた。
魔物は目と口を大きく開いて、固まっている。
ほのかに、焦げ臭いにおいが鼻を掠めた。
「……どおして?」
何が起きたのか分からず、首を傾げていると——
「——音凪!!」
ぎゅっ。
私を呼ぶ声と共に、
温もりが体を包み込んだ。
「……とうま?」
「ああ……っ」
透真は私を強く抱きしめながら頷いた。
「わあ、とうまだぁ」
会えたことがうれしくて、頬と目元がふにゃっと緩んだ。
透真はバッと体を離すと、まじまじと私を見つめた。
「音凪?」
「うん、わたしだよぉ」
へらへらと返すと、フードの奥の透真の目が大きく見開いた。
そしてガクッと項垂れると、
「……まじか」
ぽつり、小さな声で呟いた。
俯いている透真に、ふにゃふにゃと頭を揺らした。
「とうまもねむい? ふふっ、おひるねだね〜」
「昼寝はしない」
「? どおしてぇ〜……?」
透真は眠いわけではないようだ。
それなら、どうして下を向いているのだろう。
ゆらゆら体を揺すっていると、透真はゆっくりと顔を上げて、もう一度私を抱きしめた。
「ふふっ」
笑って抱きしめ返すと、
「!」
透真はそのまま私を抱え上げた。
「とりあえず、どこかに隠れよう」
透真はそう言って、私を抱えて歩き出した。
「かくれんぼ? ふふっ。いーち、にーい……」
透真の肩に顔を埋めて数え始めた。
(わたしがおに)
「……っ」
透真が漏らした小さな声は、
数字を数える私の声に混ざって、私の耳には届かなかった。
***
《エヴァン視点》
「ぶはっ!」
横に並んだ二つの映像を見て、思わず吹き出した。
ゲーム開始から二時間と三十分。
プレイヤーも残り六人となり、いよいよゲームも終わりに近づいてきたという時、
ついにトーマとネナちゃんは合流した。けど、
「くくっ、くふっ」
魔狐の固有魔法により酩酊状態となったネナちゃんに、トーマは窮地を迎えていた。
〔何助けてんだ色ボケヤロー!〕
トーマがネナちゃんを助けた瞬間、妖精はあんぐりと口を開けて信じられないものを見るような目でトーマを見ていた。
せっかくのネロに勝つチャンスをドブに捨てられ、今は怒りに任せてトーマに罵声を浴びせている。
〔ネナチャ アンシン〕
一方で、ネロは安堵の息を落としていた。
「ふっ、くっ……」
俺は笑いを堪えながら、もう一度二人が映る窓に視線を移した。
楽しそうにふにゃふにゃ笑うネナちゃんと、項垂れて、明らかに動揺しているトーマ。
(音声が聴こえないのが残念だねぇ)
会場が、宝の試練に挑戦している他のプレイヤーの戦いに沸いている中、
ネナちゃんを大事そうに抱えるトーマを見て、うっすら笑みを浮かべた。
《エヴァン視点》 end.
***
ザッ、ザッ、ザッ
「うふふ、とおまぁ」
「……うん」
私を抱えたまま、森の中を進む透真。
透真が歩くたび、宙に浮いた足がふわっと揺れる。
「ふふっ」
透真の首にしがみついて、首元に頬を擦り寄せた。
「……楽しそうだな」
柔らかい声。
私は顔を見上げて頷いた。
「ふふ……うんっ。
やっととうまと、あえたから」
透真はぴたっと止まった。
目を大きく開いて、じっと私を見つめている。
「探して……くれてたのか……?」
透真は探るように尋ねた。
私はそれに、首を振った。
「あいたかっただけ」
会えるなら会いたかった。
だけど、透真の邪魔をしてしまうかもしれないと思ったら、会いに行けなかった。
透真は数回瞬きをしたあと、
「……そっか」
ふっと笑って、再び歩きはじめた。
「ふふ。わたしね、おじいさんのばくはつとめたよ」
「……お爺さんの爆発?」
「ルゥちゃんとぉ、しんでんのかみなりといて……」
「……音凪」
透真は私を抱えなおした。
ぴょんっと体が浮いて、けらけら笑った。
「眠いなら寝ていいから」
重いまぶたで、透真を見つめた。
透真の目と口はわずかにほどけ、優しい笑みを浮かべていた。
「……」
(ねむい)
透真の首から手を離して、透真の胸に寄りかかるように丸くなる。
そのまま寝ようとして、ふと。
「とうまは?」
「ん?」
顔は上げずに、自分の手元に視線を留めたまま、
「とうまは、あいたかった?」
そう尋ねた。
透真はすぐに答えなかった。
(あいたくなかったのかな)
私は不安になって、さらに体を丸くした。
そしてぎゅっと目を瞑った、そのとき。
「……すごく、探した」
掠れた声が、耳を撫でた。
「……」
パッと目を開いて、
ゆっくり視線を上げた。
透真は前を向いていたけれど、
私の視線に気づくと、私を見て目を細めた。
「……ふふっ」
自然と、笑みがこぼれた。
(さがせばよかった)
透真も私と同じで、一緒にいた方が楽しいと思ってくれていたのだと。
そのことが分かって、
胸の奥からじんわりと熱が広がっていく。
「とうま……わたしね……」
安心したら、また眠くなってきた。
うとうとと、今にも下がってしまいそうなまぶたをこじ開けて、透真をじっと見つめ続けた。
透真は足を止め、わずかに瞳を丸くして、私を見つめ返した。
ゴクッ。
透真の喉が鳴った。
私はそっと、口を開いていく——
「——からいものが、たべたいの」
「…………え?」
透真の目が、大きく見開いた。
ぽかんと口を開けて、私を見ている。
「とぉっても、からいの。
たべたぃ……なぁ……」
まぶたの限界だ。
私は目を瞑りながらそう付け加えて、やがて——
「すぅ……すぅ……」
「……」
透真はしばらく黙ったあと、大きなため息を吐いた。そして、
「それくらい、叶えさせてくれ」
そう呟いたことを、私が知ることはできなかった。
「……ふふっ」
第四十九話
船上の遊戯盤-ただ一人の騎士- 完




