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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
六章:船上の遊戯盤
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第四十八話:シロツメクサを結ぶ


町の外れにある、朽ちた神殿。



「どうかな?」


「……」



次の宝を手に入れるため、

私たちは謎解きをしていた。



「お姉ちゃん、もっとこっち」


ルゥちゃんが私の右側を指差した。


すっ。


半歩、横にずれる。



「これくらい?」


「もっと」


「こうかな?」


「うん」


ルゥちゃんが満足そうに頷いた。



"汝、神となる時、天使は瞳を失う"



中央の台座に刻まれた文字。


はじめは、それが宝を手に入れるための謎だと分からなかった。

だけど、宝があるはずのこの場所で怪しいものはそれくらいしかなく、

私たちはしばらく、ふたりで頭を捻った。


そしてようやく答えが見つかったかもしれないと、宝を手に入れるためのからくりを解いていたところだった。



……ころん。


台座から、何かが転がり落ちた。



近くにいたルゥちゃんが台座の裏に回り込んで、落ちた物を確認した。



「お姉ちゃん」


ルゥちゃんが手招きをする。


(もう離れていいのかな?)


そろそろと、ルゥちゃんに近づいた。


ルゥちゃんはしゃがみ込んで、台座の陰に隠れた地面を指差している。


台座の横から、ルゥちゃんの指の先を覗き込んだ。


「あっ」


そこには、

青く輝く、丸い石が落ちていた。



「『天使の瞳』」



ルゥちゃんはそう言葉を落として、宝に手を伸ばした。


触れた瞬間、すうっと宝は消えていく。


宝が完全に見えなくなると、ルゥちゃんは静かに顔を上げた。



「あとは町にいくだけ」


どうやら、地図を見ているようだ。


私もなんとなく、地図を開いてみる。


「こっちかこっち」


今回も、ルゥちゃんは順番に指を差した。


(真南と、南西……)


直線距離は、同じくらい。

だけど、南は山岳地帯。

真南の町には、山を越えなければ行けそうにない。


「こっちにしよっか」


ルゥちゃんに視線を向けながら、南西の町を指差した。


「うん」


ルゥちゃんは頷いて、私の指の先に視線を移した。その直後、



「あ」


ルゥちゃんが、声を漏らした。


「?」


何かを見つけたような声に、気づけば振り返っていた。


飛び込んできた光景に、目を見開く。

そこには——



「プレイヤー、ハッケン!」


私たちを視界に捉えた、狩人が立っていた。


(逃げ……斬らなきゃ!)


咄嗟にルゥちゃんを抱えて逃げようとして、思い止まった。

剣を抜いて、ルゥちゃんの前に立とうとしたとき、


スッ。


私よりも先に、ルゥちゃんが前に出た。



「ルゥが追い返すやくそく」


ルゥちゃんはそれだけ言って、前を向いた。

そして、ものすごい勢いで駆けてくる狩人に自ら近づいていった。



「ルゥは商人。

 ——取引をしよう」



「!」


ぴたっと、狩人は足を止めた。


「タイカハ?」


狩人が尋ねる。

ルゥちゃんはそっと右手を上げ、手のひらを返した。瞬間、



——パァア


今さっき手に入れた、

『天使の瞳』が、ルゥちゃんの手のなかに現れた。


ぽかんと、一拍止まって、


(……お宝って、取り出しできるんだ)


試しに、同じ格好をしてみる。


しーん。


(ダメみたい)


ゆっくりと、手を下ろした。



「これあげるから、あっちいって」


ルゥちゃんが町と反対側を指差した。


狩人は眉をしかめて、


「ダメダ」


首を横に振った。


「ソコニモプレイヤーガイル。

 オマエノサスホウコウニイッテホシイナラ、タカラヲモウヒトツダセ」


「しょうがない」


ルゥちゃんは左手も上げて、宝をもう一つ取り出した。


(……こんぺいとう?)


トゲトゲとした、黄色いかたまり。

手のひらほどの大きさのそれ。

こんぺいとうにしては随分大きかったけれど、こんぺいとうにしか見えなかった。


「タシカニ」


狩人はルゥちゃんから宝を受け取って、


「ゴフン」


それだけ言い残して、ルゥちゃんが指した方向へ、走り去っていった。


(取引で、追い返しちゃった)


すでに見えなくなった狩人の後ろ姿を、ぼーっと眺めていると、


ぎゅ。


ルゥちゃんが手を握った。


「あの狩人は五分、ルゥたちを追わない。

 はやくいこ?」


「あ……」


(「ゴフン」って、そういうことだったんだ……)


そっと目元を緩めて、小さな手を握り返した。


「うん。ルゥちゃん、ありがとう」


「……!」


ルゥちゃんはゆっくりと目を見開いて、じっと私を見つめた。

やがて、ふっとまつ毛を落として、



「……うん」


小さく、はにかんだ。



***


「……でもルゥちゃん、よかったの?」


「?」


ふたりで手を繋ぎながら次の町へと向かう途中、ふと尋ねた。


首を傾げて私を見上げるルゥちゃんに、言葉を付け足した。


「お宝……せっかく取れたのに、渡しちゃって……」


私がいたせいで、ルゥちゃんは二つも宝を手放すことになってしまった。

ルゥちゃんが追い返すという約束だったとは言え、そのことに申し訳なさを感じていた。


こくり。

ルゥちゃんは頷いた。


「商人は、そういう職業。

 商人だけが交渉できる。けど、プレイヤーが出せる交渉材料は、ほんとはない」


ルゥちゃんは私から視線を外して、前を向いた。


「宝だけ。だから……集めて、わたすしかない」



「そういうもの」


淡々と、ルゥちゃんはそう説明した。


「そうなんだ……」


言われてみれば、プレイヤーを捕まえることが目的の狩人が交渉の場に立つのは不自然だ。


"宝だけが、交渉材料になる"

そんなシステムが、ない限りは。


(すごいなぁ)


私がもし商人を選んでいたとして、そのことに気づけただろうか。

仮に説明を受けて知っていたとしても、そもそもは狩人に見つかる前に宝を手に入れなければ意味がない。


加えて、商人は武器を持たない。

魔物に遭遇しても、なす術がない。


ルゥちゃんはそんな環境で宝を集め、その上こうして、他のプレイヤーに取引を持ち掛けたのだ。


(……それだけじゃない)


ここまでの道中での会話が脳裏をよぎった。



『どうして、飛び出したの……?』


次の目的地へ向かう途中、ふと尋ねた。


隣を歩くルゥちゃんは、最初は首を傾げて私の言葉の意味を理解しようとしていた。

けれど、それもわずかの間で、


「……ぁ」


ルゥちゃんは小さな声を落とすと、おもむろに足を止めて、顔を上げた。


「?」


今度は私が首を傾げた。


ステータス画面を見ているのだろうか。

それにしては、随分上を見ている。


(空? 何かあるの……?)


上空を見上げた。

空は雲ひとつない快晴で、太陽が眩しいくらいだった。


視線を戻したとき、ルゥちゃんが話し始めた。


『雲、さっきの場所だけだったから』


ルゥちゃんはそう言って、ゆっくりと私に顔を向けた。



『森に入れば……かみなり、届かないと思った』



ルゥちゃんの言葉に目を見開いた。


(あの開けた場所の上にしか、雲はなかったってこと……?)


石像が動き出したあと、私も空は見上げていた。

突然、青かった空に灰色の雲が広がって、明らかに石像に原因があることは分かった。


(でも)


その雲がどんな風に広がっていたかまでは、気にも留めていなかった。



『お姉ちゃんは速いから、ねらうのはルゥ』


私が焦っている間、ルゥちゃんは冷静に状況を確認しただけでなく、相手の動きまで予測していた。



『ルゥにかみなり来たら、お姉ちゃんがきれると思った』



ルゥちゃんは目を逸らさず、まっすぐ私を見つめ続けた。



『だから、はしった』




怪我もなく、石像を止めることができた。

だけど、それは結果としての話だ。

ルゥちゃんが飛び出した時点では、危険な賭けでしかなかった。


それでも、ルゥちゃんは迷わず飛び出した。


観る力に、考える力。

判断力に、勇気のある行動力——



「ルゥちゃんって、すごいんだね」


気づけば、そう言葉を発していた。


ルゥちゃんはきょとんと目を丸めて、私を見上げた。


その顔ににこっと笑い返すと、ルゥちゃんは口元を揺らして、また前を向いた。



「……」



——ルゥちゃんの表情が、わずかに曇った。



「……ついた」


そっと、前を向いた。


(あ……)


木々の奥、建ち並ぶ家が見えた。


私たちはどちらからともなく、

時間を引き延ばすように、ゆっくりと歩いた。


それでも、着実に町へと近づいて、


ザッ。


ついに、取引が終わりを迎えた。


「……ここまで、だね」


訪れた別れに、つい口ごもる。


「……うん。やくそくだから」


ルゥちゃんは、握っていた手を静かに解いた。


(そうだよね……)


これはゲームで、目指すのは最後の一人。

ルゥちゃんだって、勝利を目指しているはず。


いつまでも、一緒にいるわけにはいかない。


「最後のやくそく」


ルゥちゃんはそう言って、町の奥を指差した。


「町長のいえに、宝がある」


近場の宝の場所を教えてくれたルゥちゃん。

私は少しの間、口を閉ざした。

そして、


「私は、取りに行かない」


そう告げた。


「えっ?」


ルゥちゃんは驚いた声をこぼすと、


「……どうして?」


理解ができない。

そんな表情をした。


商人——ルゥちゃんが一番、宝を必要としている。

それに、さっきのことがどうしても、胸の中で引っ掛かっていた。


(……だけど)


「他にね、教えてほしいことがあるの」


対価を受け取らないというのは、ルゥちゃんも納得しないだろう。


交渉を始めた私に、ルゥちゃんは表情を引き締めた。


「内容しだい」


話を聞いてくれるようだ。

私はそっと、口を開いた。



「他のプレイヤーの状況……

 ある人が、まだ残ってるかどうか、知りたいの」


ルゥちゃんがそこまで分かるかどうかは、分からなかった。

だけどもしかしたらと、ためらいがちに尋ねた。


ルゥちゃんはわずかに驚いて、


「それでいいの?」


そう、尋ねた。



「うん」


頷くと、ルゥちゃんは「わかった」と呟いて、視線を上にあげた。


「だれ?」


「と……」


"透真"と言いかけて止めた。


(プレイヤーの名前じゃないと)


「えっと、ヒビヤって名前の人」


「ヒビヤ……」


ルゥちゃんの視線が動いた。

徐々に視線が下がって、


「……のこってる」


「!」


ほっと、息をつく。


(まだ残ってた)


気づけば、口元が緩んでいた。


「ほんとに、これだけでいいの?」


ルゥちゃんが、念入りに確認をした。


「うん。ありがとう、ルゥちゃん」


笑ってお礼を伝えると、ルゥちゃんも小さく笑い返した。



「……それじゃあ……ルゥちゃん。気をつけてね」


本当はもう少しだけ一緒に探索をしたかった。

けれど、引き留めてしまっては、せっかく近くにある宝も、他の人に先を越されてしまうだろう。


寂しさを飲み込んで、私から別れを切り出した。

そのまま、背を向けて歩き出そうとしたとき。



「お姉ちゃん、まって」


ルゥちゃんが私の手を掴んで、呼び止めた。


振り向くと、ルゥちゃんは私から手を離して、その手を口元に当てた。


「耳、かして?」


(内緒ばなし?)


腰を屈めて、ルゥちゃんの顔に耳を寄せた。


「ルゥの名前、お姉ちゃんには教えてあげる」


ルゥちゃんはそう囁くと、



「次会ったら、『ラケル』って呼んでね」


パッと体を離して、目を細めた。



「やくそく」



タッタッタッタッ!


それだけ呟いて、

町の中へと、駆けていった。


「……」


ゆっくりと体を起こして、

ルゥちゃんの後ろ姿を見つめた。



「——うん。約束ね」



「ふふっ」


息を落として、町に背を向けた。



***


《ラケル視点》



『だから、はしった』


それがいちばん、いい方法だった。

たとえそこでルゥが死んでも、取引相手……お姉ちゃんの損にはならない。


お姉ちゃんはじっと私を見つめている。

数秒、しんと静かになって、

お姉ちゃんはほとんど分からないくらい、ほんとうに小さな息を吐いた。


お姉ちゃんが、にこっと微笑んだ。


『ルゥちゃん、ありがとう』


ほっと、胸が軽くなった。

だけど次の瞬間、


『……でもね』


お姉ちゃんは少しだけ悲しそうに、眉を下げた。


『もし、あのときルゥちゃんが怪我をしたり、苦しい思いをしてたら、私は悲しかった』


お姉ちゃんは繋いでいる手に、もう片方の手を重ねた。



『それは、覚えておいてほしいな』





「……」


お姉ちゃんの温もりが消えた手を見つめた。



(……少しだけの、がまん)



右手から、ゆっくりと目を離す。


ずっと遠くの空を見て、頬を上げた。



第四十八話

船上の遊戯盤-シロツメクサを結ぶ- 完

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