第四十五話:剣と共に
最初の場所から移動して、五分ほどが経った。
いきなり木彫りの熊みたいな魔物に襲われたときは驚いたけど、苦戦することもなく倒すことができた。
その上、宝も一つ手に入れることができて幸先がいい。
(傘じゃないから、心配だったけど……)
戦い方は、しっかりと体が覚えていた。
「!」
宝で解放された能力——『俊足』で走り続け、早くも町が見えてきた。
ゆっくりと、速度を下げていく。
(あの速さで入って行ったら、驚かれちゃうもんね)
俊足は自分でも驚くほど速かった。
周りの景色が一瞬で消えていくほどに。
それでも周りに何があるかの判別はできて、そのことにもびっくりした。
町の入り口に着き、さっそく人を探す。
(……あっ)
「すみませんっ」
通りすがりのお爺さんに声を掛けた。
「おお?」
「突然、ごめんなさい。
あの……『35の秘宝』について、何かご存知ありませんか?」
私たちが探しているお宝。
それはこの世界では『35の秘宝』と呼ばれていると、ケイトさんが教えてくれた。
情報を持っている人に尋ねるときは、この名前を出すと教えてくれることがあるということも。
だけど、
「うぅーん?」
お爺さんは首を傾げた。
どうやら知らないらしい。
(他の人に聞こう)
他の人を探す前に、お爺さんにお礼を伝えようとした、そのとき。
「サンゴの美女? 知らんのぉ」
「!」
お爺さんは頭を捻る素振りをして、そう答えた。
知らないのではなく、うまく聞き取れなかったようだ。
「えっと……さんじゅうごの、ひほう……です」
今度はゆっくりと、大きな声で伝えた。
だけど、
「そんなに若く見えるかね。わしもまだまだいけるのぉ」
お爺さんはうれしそうに大笑いした。
「……ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて、お爺さんに背を向けた。
今は時間がない。
お爺さんが情報を持っていたとしても、それを教えてもらうのには時間がかかりそうだ。
他の人を探そうと歩き出した瞬間、
「イタタタタッ!」
後ろから苦しそうな声が聞こえた。
(えっ?!)
すぐに振り返って、手を伸ばした。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
「腰が、腰がぁああ……」
お爺さんは腰を痛めてしまったらしい。
(どこか、休めるところ……)
辺りを見回して座れそうな場所を探したけれど、ちょうど良さそうな場所はなかった。
「……」
こうなったら家まで送るしかない。
むしろ、自宅の方がお爺さんもゆっくり休めるはず。
「お爺さん、お家どこですか? お連れしますよ」
「放置は嫌じゃぁあ」
「お・う・ちっ。 いえ、どこですか?」
「あそこじゃあ……」
お爺さんが指をさしたのは、すぐ近くにあるこじんまりした茶色い屋根の家だった。
「お爺さん、手を支えますから、ゆっくり歩きましょう」
そう言って両手を握ると、お爺さんは「すまんのぉ」と涙目で笑った。
お爺さんが指した家までゆっくり向かい、やがて扉の前まで辿り着いた。
「扉、開けますね」
一度断りを入れてから、扉を開けた。
中を見ると、小さな台所とテーブルに椅子、ベッドが置かれていた。
(ゲームだからかな?)
簡素な造りに首を傾げつつ家に背を向け、お爺さんを支えながら後ろ足で中に入って行った。
ベッドの前までお爺さんを連れていき、声を掛けた。
「お爺さん、ベッドにつきましたよ」
「おぉ……」
お爺さんはそう返すだけで、動く気配がない。
ベッドに横にならないのだろうかと眺めてていると、お爺さんが口を開いた。
「お嬢さん、わしは今一人で横になれん。腰が爆発してしまいそうだ」
「?!」
(腰が爆発……?)
いったいどういうことだろう。
どうしたらいいのか分からずおろおろしていると、お爺さんは続けた。
「この町一番の力持ち『ジョージ』と、町医者の『マイク』を連れてきておくれ」
「わ、わかりました……」
思ったよりも時間が掛かってしまいそうだ。
だけど、見捨てることもできない。
(一つ目のお宝すぐ見つけたから、大丈夫……たぶん)
すでに一つはあるのだからと、自分に言い聞かせた。
それに、このゲームは生き残ることが最終目標で、宝は生存率を上げるだけ。
「お爺さん、少しだけ待っててくださいね」
「腰砕けてくださいね?!」
「?!」
「そんなのあんまりじゃあぁ……!」
「言ってないですっ」
誤解を解いてから、お爺さんの家を後にした。
***
「町の入り口近くに住む爺さんだな? 任せてくれ!」
「よろしくお願いします」
小さなご飯屋さんで無事『力持ちのジョージ』さんを見つけ、事情を話した。
ジョージさんはわずかな情報でお爺さんのことが分かったようで、快諾してくれると「先に向かう」と言って去っていった。
(次は、町医者のマイクさん……)
マイクさんの家は、ジョージさんが教えてくれた。
ご飯屋さんの先、
左に曲がれば、マイクさんの家があると。
早く向かおう。
そう、駆け出そうとしたときだった。
——ぬっ。
マイクさんの家とは反対、
右側の角から人が曲がってきた。
(……わあ……)
目に飛び込んできたものに、思わず釘付けになった。
その人が着ている、白い服。
そこに大きく書かれた——『狩人』の文字。
バチッ。
目が、合った。
「っ!!」
「プレイヤーハッケン!」
すぐさま振り返って駆け出した。
(『俊足』……!!)
一気に速度を上げた。
周りの景色が一瞬で過ぎ去っていく。
(これなら振り切れるはず……!)
とはいえ、確証もなしに止まるわけにはいかない。
後ろの足音に耳を研ぎ澄まし、狩人の気配を探した。
ダダダダダダッ!!
「っ!?」
後ろからとてつもない勢いで追いかけてくる音が聞こえる。
『俊足』で駆けているのに、音は全く遠ざからない。
(速い……!)
このままでは撒くことができない。
どこかで振り切らなければ。
(とにかく曲がろう!)
狩人の視界から消える時間を増やして、見失わせるしかない。
なるべく入り組んでいそうな道を選んで、ひたすら逃げ続けた。
右、右、左、右——
「っ……!」
どのくらい走り続けただろうか。
一向に撒けそうな場所がなく、未だ狩人を振り切れないでいた。
(このままじゃお爺さんの腰が爆発しちゃう……!)
一度捕まってしまうことも考えてみたけれど、捕まったら一つ目の宝を失い、お爺さんをさらに待たせてしまうことになる。
(一回森の方に……)
木が生い茂る森の中なら、身を隠せるかもしれない。
(まずは分かりやすい道に……!)
森を目指して大通りの方へ向かおうとした。そのとき、
「!!」
横切ろうとした建物の扉が開き、見覚えのある姿が視界に飛び込んだ。
「シンイーさん逃げてください!」
「?!」
私の声に反応したシンイーさんは、目を大きく見開いて足を止めた。
タイミングが悪すぎた。
このままではシンイーさんが捕まってしまう。
(手を掴んで一緒に逃げよう!)
武闘家は元の身体能力が剣士よりも高いはず。
もしかしたら『俊足』にもついて来れるかもしれない。
ザザッ!
急停止して、後ろを振り返った。瞬間、
「……?!」
目に入ってきた光景に、目を見張った。
「ふぅ……」
標的をシンイーさんに変えた狩人。
その狩人に向き合って、シンイーさんは低く腰を落とし——
——バキッ!!
鋭い蹴りを、狩人の顎に放った。
ガッ!
——左突き。
ドゴッ!
——回し蹴り。
「……」
畳み掛けるように次々と打撃を繰り出すシンイーさんを、唖然と眺めていた。
ゴッ!
——右突き。
「ガ……ガ」
今のがトドメとなったようだ。
狩人は苦しそうな声を漏らすと、
ガクッと膝をつき、そのまま動かなくなってしまった。
「ふん」
シンイーさんは一瞬だけ狩人を見下ろし、くるりと振り返った。
そのまま、こちらに向かって歩いてくる。
「……ぁ」
ありがとうございます。
すごいですね。
巻き込んでごめんなさい。
何か言わないと。
そう思ったけれど、一度にたくさんの言葉が交差して、うまく声がでなかった。
シンイーさんが側まで来て、足を止めた。
「それは何のためにあるんですか」
表情は変えずに、ある一点を指さしたシンイーさん。
「……え?」
シンイーさんの指の先。
そこには、鞘に収まる私の剣。
「あなたが一人で追い詰められるのは勝手ですが」
山吹色の瞳が、鋭く見上げた。
「他人の足は引っ張らないでください」
フッと、
目の端で黒髪が揺れた。
シンイーさんの姿が、視界から消えていく。
コツ、コツ——
シンイーさんはひと言だけ言い残して、
町の奥へと歩き去って行った。
(何も言えなかった……)
謝罪も、お礼も。
「……」
俯いた先、視界に映った剣を見つめた。
狩人に攻撃するなんて発想はなかった。
狩人からは逃げるものだと思っていたし、
見た目も、普通の生きている人間みたいだから。
だけど、シンイーさんが戦っていたときの狩人の様子は人間らしさがなく、まるで——
(……ロボット)
「……」
人間でないなら、
ロボットなら、躊躇なく斬ることができそうだ。
(これからは、斬る)
シンイーさんにも戦えってアドバイスをもらった。
せっかく教えてもらったのだから、活かさなければ。
(また会う機会があったら……)
——そのときに、お礼を言おう。
「……うん」
そう心に決めて、気持ちを切り替えた。
(とりあえず、今はマイクさんを……)
再びマイクさんの家に向かおうと顔を上げて、ぴたっと。
「……」
ここは、どこだろう……。
ヒューッ……。
ひと吹きの風が、道を抜けていった。
(……地図、見よう)
その後しばらく、
地図と睨めっこをしながら、元来た道を探した——。
第四十五話
船上の遊戯盤-剣と共に- 完




