第四十四話:放たれた金貨②
——フゥ。
光量が僅かに落ちた。
いよいよ始まるようだ。
『皆様、長らくお待たせいたしました』
「!」
突如響き渡った音声に、フィンがきょろきょろと辺りを見回した。
『ただ今より、本日の目玉となるイベントの説明を開始いたします』
その言葉を合図に、上空に映像が映し出された。
(確かにここが一番観やすいねぇ)
映像はどの位置からも見える高さだけど、手すり付近に立つ観客に遮られないようにするためか、かなり高い位置に映写されている。
下の甲板からだと、ずっと観ているには首が辛そうだ。
「すごーい……」
フィンがぽつりと呟いた。
「後であそこにネナちゃんたちが映るよ」
「?!」
フィンは目を大きく見開いて、俺を振り返った。
「……トーマもとべるの?」
映像の仕組みを分かっていないようだ。
「違う違う」
「違うの?」
「そうだねぇ……誰かの目で見てる光景があそこに映るだけで、本人たちはそこにいないんだよね」
「??」
「ま、見てれば分かるよ」
フィンは「わかった」と頷いて、じっと映像を見つめはじめた。
それからしばらく、
サバイバルゲームの説明が続いた。
『……プレイヤー様方のゲームルールは以上です。
ここからは、観客の皆様のみご参加頂けるゲームの説明を行います』
長いルール説明が終わり、ようやくこちら側のメインルールの説明が始まった。
フィンは最初こそ真剣に見ていたが、理解できないことが多かったようで、途中からは退屈そうに体を揺らしていた。
『皆様、事前に紙束とコインを五十枚お受け取り頂いたかと思います。
皆様は勝利プレイヤーと、そのプレイヤーが集める宝の予想をして頂き、コインを賭けてください』
ごそっと、布袋を取り出す。
この布袋は開始前に開けられないよう、さっきまでは魔法で閉じられていた。
(もう開けられるね)
袋を閉じていた魔法の気配が消えている。
口を縛る紐を解くと、
中には何十枚ものコインと紙が入っていた。
『予想は全て当てなければならないわけではありません。
勝利プレイヤーを当てた上で宝が一つ当たると二倍、宝二つで三倍……と、宝の当たり一つが増えるたび、四倍五倍と戻ってくるコインが増えます。
ただし、宝の予想には七個までの制限をかけさせていただいております』
『また、プレイヤーと宝の組み合わせはセットですが、何パターン予想しても構いません。
賭ける枚数も一枚から可能です』
『ただし皆様が勝つためには、この会場の誰よりもコインを稼がなければなりません。
賭け先を二以上にすることは、慎重にお考え頂ければと思います』
賭け先を分けたとしても、他の人間の予想結果次第では一番になれる可能性がある。
安定をとるなら、分けるのがいいだろうけど、
(自分の金でもないし、全賭けの方が面白いよね〜)
『賭ける方法ですが、紙束の紙を使用します。
一つの組み合わせにつき、紙を一枚取り出してください。
紙にはあらかじめプレイヤー番号と三十五の宝が記載してあります。
各プレイヤー番号と宝の横に丸印がありますので、賭け先の丸印に二秒ほど触れてください。
触れた丸印は塗り潰され、賭け先として紙に記載されます』
『賭けるコインの枚数も同じように選択します。
紙の最下部に1〜5と0〜9の数字列が記載してあります。
1〜5は何十枚なのか、0〜9は何枚なのか。数字の下にある丸印を塗り潰して選択してください』
紙を一枚取り出して眺める。
紙の最上部にはプレイヤーの番号が1〜17まであり、その下に宝の名前が七列に渡って記載されている。
(古代の王杯、悪魔の角、天使の瞳……ふぅん?)
よく三十五個も考えられたなと感心した。
『賭けの締め切りはゲームが開始してから二十分が経過するまで。
皆様にはプレイヤー情報と、ゲーム開始後のプレイヤーの動きを観て頂いて賭けて頂きます』
『もちろん、プレイヤー情報のみで賭けて頂いても構いませんが、
運が良ければ、開始直後に一つ目の宝を手にするプレイヤーが現れるかもしれません』
プレイヤーが二十分間、脱落しない理由が腑に落ちた。
プレイヤー情報だけであればただの運勝負。
だけど、そこにプレイヤーの初動の情報も加われば、見極める能力も試される。
『それではいよいよ、プレイヤーの皆様のご紹介です』
映像が、二十の窓に分割された。
十七個にはそれぞれのプレイヤーの姿と名前、番号が表示されている。
残りは、島の地図と宝の残数、進行役の顔が表示されていた。
プレイヤーは同じ服装の者同士ばかりで、映し出されているのはゲーム内の装いだというのがすぐに分かった。
そして名前。
見覚えのある人物たちの名前が、俺の知らない名前になっている。
(ヒビヤとハルミねぇ)
一方で、そのまま本来の名前を使用している者もいた。
「ネナだ!」
フィンがネナちゃんを見つけて、大きな声を上げた。
トーマもいることを教えてあげると、フィンは首を傾げた。
「トーマ? どこ?」
トーマの衣装は俺と同じで、フードを目深く被っていて顔があまり分からない。
他の魔法士と見られるプレイヤーも同様だった。
「ネナちゃんの左隣だよ」
そう付け加えると、フィンははっと目を丸くした。
すぐさまベンチから立ち上がって、ぴょんぴょん飛び跳ねはじめた。
「ネナー! トーマー!」
大きく手を振っているフィンに、くすっと笑い声をこぼした。
〔ふん。ちゃんとやる気はあるみたいね〕
妖精が呟いた。
恐らく、トーマに対してだろう。
(まあ、それしか選択肢がなかったってところじゃない?)
ネナちゃんみたいな武器は使わないし——
商人だと、いざという時にネナちゃんを守れない。
プレイヤー紹介をぼんやりと聞き流す。
進行役が話す内容は、映像から読み取れる情報ばかりだった。
プレイヤー番号とゲーム内での名前、職業。
唯一、職業だけは映像だけだと分かりづらいからそれを確認するだけ。
しかしそれも、ある程度の人数の紹介が終わると、自ずと後半のプレイヤーの職業も把握できるようになる。
(剣士が五人、魔法士が四人、斧使い三人、弓術士と武闘家が二人)
そして、未だに紹介のない商人。
誰とも装いが異なる、十七番目のプレイヤーが唯一の商人なのだろう。
『……そして最後は、今回唯一の商人。
プレイヤー番号17、ルゥ』
この中で、一番幼い女の子。
(ヤコっさんも抜け目ないねぇ)
帝国一の商人、
ヤコブ・アルカラの顔を思い浮かべて、口元に弧を描いた。
『右下には島の地図と宝の残数、私の顔が表示されています。
地図にはゲーム開始後、各プレイヤーの位置が数字で、狩人の位置が赤い丸で表示されます。
宝はプレイヤーが獲得した瞬間、残数に反映されます』
『賭ける前に、狩人の位置とプレイヤーの位置も要確認です。
では、間もなくゲームが開始いたします』
分割された映像の上にさらに映し出されたのは、数字の『10』。
進行役の声に合わせて、カウントダウンが始まった。
「始まるよ」
「!!」
フィンは目を輝かせて、上空を見つめた。
『2……1……ゲーム開始です!』
それぞれの窓に、島に降り立ったプレイヤーが映し出された。
「ネナとトーマ動いてる!」
再び大きく手を振るフィン。
何も言わず、その様子を眺めた。
本人たちがそこにいないことは、しばらく見ていれば分かるだろう。
「さて、フィンくん。
君は誰に勝ってほしい?」
とりあえず、早めに紙に記入させてしまおうと声を掛けた。
(ギリギリまで待って、うっかりなんてこともあるかもだしねぇ)
うっかりしたところで、
何が起きたのかこの子に分かるのかは微妙だけど。
「ネナとトーマ!」
「だよねぇ」
預かっていたフィンの布袋から紙を二枚取り出して、それぞれ7番と8番の丸を指で押さえるように促した。
ペタッ。
「こう?」
「そうそう。……もう放していいよ〜」
フィンの指が離れると、丸は黒く塗り潰されていた。
「まっくろ!」
フィンは自分の指先を確認した。
不思議そうに首を左右に傾げている。
「次はこっちね〜。
ここと、ここ。どっちもね」
次は賭け金がそれぞれ二十五になるように指でさし示した。
ペタッ。ペタッ。
「あとここ。好きなところ押さえていいよ」
賭け金も塗り潰すと、次は宝の塗り潰しを促した。
フィンはじっと紙を見つめ、俺を見上げた。
「ぜんぶいいの?」
「とりあえずは五ずつにしておきな〜」
「わかった!」
〔フィンこれ! 妖精の涙入れよう!〕
〔ネロ コレ!〕
フィンが元気よく返事をすると、妖精とネロが横から口を出しはじめた。
(ここまで準備しておけば大丈夫でしょ)
ペタペタと、次々塗り潰していくフィンから視線を外して、映像を見た。瞬間——
『おっと、ハルミ! 早速魔物と遭遇だー!』
進行役の声に、ネナちゃんの窓に視線を向けた。
ネナちゃんの前には、巨大なウッドベアーが立ちはだかっていた。
(あちゃー)
ウッドベアーは木に擬態して獲物を油断させる魔物だ。
そのせいで、ネナちゃんも直前まで気づかなかったのだろう。
ウッドベアーが剛腕を振り落とす。
間一髪、ネナちゃんは後方に飛んで避けた。次の瞬間、
ザシュッ!!
ネナちゃんはウッドベアーの懐に飛び込み、太い頸を切り落とした。
(おお〜……)
ネナちゃんが戦うところを見たのは初めてだけど、ここまで動けるとは思わなかった。
ゲーム内ではプレイヤーの本来の能力は抑制されている。
運動神経も技術も、各職業に合わせて平等な数値に設定されているはずだ。
それなのに意図も容易く魔物を倒せたということは、それだけ頭が回るのか、はたまた人並み以上に勘がいいのか。
(魔族を倒したのも、真実味が出てきたねぇ)
気づけば、口の端が上がっていた。
ウッドベアーの体から、ボロボロと樹皮が剥がれていく。
ネナちゃんがふっと、肩の力を抜いた時、
キラッ。
ウッドベアーの腹部で、何かが光を反射した。
ネナちゃんも気づいたようで、ゆっくりと腹部へ手を伸ばした。
『おおー! ハルミ、早速死亡かと思いきや大逆転!
宝の一つ、"幻花の蜜壺"を獲得だー!』
観客たちがどよめいた。
何人かはすぐに手元を見始め、彼らがネナちゃんに賭けるつもりなのは明白だった。
〔ネナチャ! スゴイ!〕
小躍りするネロを視界の端に映しながら周りを眺めた。
(確率は高いけど、そんなにすぐに決めちゃっていいのかねぇ)
ネナちゃんに賭けはじめた人たちを見て、口元を緩めた。
「ネナのきらきらなくなった!」
フィンが映像を見て驚いた声を出した。
宝はプレイヤーが触れると吸収され、能力へと変わる。
フィンはそのことを分かってないから驚いたのだろう。
「なくなったね〜。
今のきらきらはこれ。ここも押さえて」
「ペタッ!」
ネナちゃんの紙を塗り潰した後、トーマの紙も押さえようとしたのを止めた。
「ちがうの?」
「うん」
ネナちゃんが手に入れたから、トーマが手に入れることは現状できない。
フィンは「そうなんだ」と呟いて、また映像を見始めた。
『——皆様、そろそろお目当てのプレイヤーが見つかりましたか?』
しばらく経つと、進行役が会場にそう投げかけた。
何人かのプレイヤーは町に着き、ネナちゃん以外にも宝を見つけた者が現れはじめた。
『予想を記入した紙は二枚に破ると賭けが成立します。
破り忘れがないようご注意ください』
「フィン、もう塗り潰ししない?」
フィンに声を掛けて、確認する。
「うん!」
フィンは元気よく頷いて、トーマとネナちんを予想したそれぞれの紙を俺に向けた。
「そしたらそれとそれ、破っちゃおっか。破ると応援になるんだって」
"破ろうか"と伝えると最初は目を丸くしていたフィンだったけど、それが応援になると付け加えたらすぐに頷いた。
「がんばれー!」
ビリッ! ビリッ!
破られた紙はたちまち消え、同時に袋の重みもなくなった。
紙の消えた空を、きらきらと目を輝かせて見つめるフィン。
その姿にふっと目を緩めて、自分の手元へ視線を移した。
そこには、つい先ほど塗り潰し終えたばかりの自分の紙が一枚。
(さて、俺も)
ビリッ。
手の中から紙がなくなり、残っていた重みも消え去った。
(俺は君の性格に賭けるよ)
上空に浮かぶ窓の一点。
そこに映る人物を見つめ、
静かに目を細めた。
第四十四話
船上の遊戯盤-放たれた金貨- 完




